蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

太刀洗の血闘


鎌倉ちょっと不思議な物語17回

曇り空の太刀洗を散歩していると、滑川の傍の電線で2羽の鳥がおしくらまんじゅうをしながらくちばしをつつきあっていた。

それは大きなカラスとトンビだった。

2羽とも大きいが、どちらかというとトンビの方が大きく強そうだった。

しかし闘争を好まないトンビに身を寄せ、攻撃を仕掛けているのは私が嫌いなカラスの方だった。

なぜ私がカラスが嫌いかというと、昔原宿の会社に通勤していたある朝、千駄ヶ谷中学の校門の前で、イチョウの木に待ち伏せしていたカラスに後頭部を鋭いくちばしでコツーンと一撃されたからである。

カラスは私が攻撃しないのに、宣戦布告もしないでいきなり襲ってきた。これは真珠湾攻撃と同じ卑劣な行為だ。

でも私はトンビに襲われたことは一度もない。

いつも大空を漂い、のどかにピーヒョロと鳴くこのうす茶色の鳥を、私はひいきにしている。

ああ、それなのに哀れトンビは敗退してしまった。醜悪なカラスの執拗な攻撃に耐えかねて、悔しそうにピーヒョロと泣きながら裏山に逃げ去っていった。
(写真は電線の上で勝ち誇るアホガラス)

それで思い出したのは、数年前の晩夏の夕方のことだった。

私が散歩から帰ろうとしてふと空を見上げると、異様な鳴き声が聞こえた。

動植物のすべて、動くものでも静止しているものでもなんでも食い荒らすタイワンリスが、「ケッツ、ケッツ」と、鋭い叫びを発しながら地上10メートルの樹上を前後左右に飛び回っている。

いったいなにを騒いでいるのかと思ってよーく観察すると、長く伸びた枝の先に約2メートルのアオダイショウが鎌首を立て、紅い舌をびらつかせ、ときおりシュー、シューと排気音を発しながらこの凶悪獣に立ち向かっていた。

このタイワンリスが逗子、藤澤方面から鎌倉に侵入してきたのはいまから10年くらいまえのことだった。

そいつは鋭い歯でたちまち鳥や動物や昆虫の幼虫などを食べつくし、植物の葉っぱはもちろん立ち木の樹皮まで剥いで枯らし、古都の自然環境をこれまた悪名高きアライグマとコラボレーション(注=これを不用意にコラボと言ってはならない。コラボは第2次大戦中の対独協力者を指す)しながら徹底的に破壊したのであった。

そんなこととは露知らず、報国寺の橋のたもとにある馬鹿なフランス料理屋では、あろうことか観光客の人寄せパンダ代わりに長年にわたって餌付けを行ってきたのである!
人間の次に獰猛で悪魔のように凶悪なこの獣を!

それはともかく、この夕べ、蘇我入鹿のような悪漢タイワンリスが、山背大兄皇子のように温和なアオダイショウを襲ったのである。

攻勢をかけるのはやはりアホリスである。アオダイショウの後に回って尻尾から食いつこうとする。そうはさせじと鎌首をもたげて反転しながら食いつくヘビチャン。しかしその時に早く、その時遅く、アホリスはもうヘビチャンの背後に回っているのである。そのパターンの繰り返しだ。

ヘビチャンも必死で健闘してはいるものの疲労困憊はなはだしく、闘いは敏捷なアホリスが圧倒的に有利である。

ああ、ここにパチンコがあったら私はあのアホリスをたったの1発で射殺すことができよう。しかしこれはハリウッド映画のやらせの決闘ではない。正真正銘の荒野の決闘なのだ。天然自然の生存競争なのだ。いくら私が「アホリス憎し」の一念に燃える魔弾の射手であっても、ここは人間の出る幕ではないだろう。

私はその場でしゃがみこんだ。そして切歯扼腕しながら、手に汗を握って文字通り食うか食われるかの死闘を見つめていた。

戦う彼らに気づいたのが午後3時ごろであった。いまは6時を過ぎている。両者の闘いは恐らくその数時間前から繰り広げられていたのではないだろうか?

夕闇がどんどん立ち込め、頭上で戦う2匹の黒い姿がおぼろになってきた。

いくら目を凝らしてもなにも見えなくなってきたので、私はアオダイショウの無事を祈りつつ太刀洗の野道を涙を飲んで引き揚げたのであった。(写真はまさにその現場です)