蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

クリスマスとジェーン・バーキン

クリスマスが近づいてくると、私の家ではちょっと贅沢な飾りものを玄関につるす長年の習慣がある。

これは1986年の初冬にフランスのジェーン・バーキンという女優さんが私の家族にプレゼントしてくれた。帝国ホテルに泊まっていた彼女が、お向かいの日比谷花壇で買い求めてくれたものである。

当時の彼女のご主人は映画監督のジャック・ドワイヨンで、バーキンはなぜだかドワイヨンと一緒に来日した。

彼女は肌身離さずからし色をしてちょっと汚れた大きなバッグを持ち歩いていたが、あとから考えてみると、これが有名な例のエルメスのバーキンの第1号なのだった。

その年、ジェーン・バーキンはテレビCMの制作でやってきたのだけれど、私はバーキンよりもまずドワイヨンの人柄に惹かれ、この人がいったい何者であるか(実際はかなり有名で実力のある映画監督でした)なんて全然知らないままに仲良くなった。

私が住んでいる鎌倉までやってきた2人を、十二所のおばあちゃんの家に案内すると、「これが日本人の普通の生活なんだ」と、とても喜んでいた。


それから大仏と長谷観音を見物したっけ…。家内がカローラを駐車場から回してくるのを光則寺で待っていたら、バーキンが鳥かごのカナリアに指を差し伸べながらなにか歌を歌っていたので、「ああ、この人はこういう人か」と思っていたら、突然、「日本で火葬が始まったのはいつごろか」とか、「どうして火葬にするの」などと矢継ぎ早に聞かれてうろたえたことを、いま思い出した。

それから以前田中絹代が住んでいた鎌倉山の日本料理屋に行って4人で昼ごはんを食べた。ところが最近この広大な庭と素晴らしい眺望を誇る和風建築が取り壊されて、あの、みのもんた氏の豪邸に変身するという。

CMの撮影は京都の大沢の池などで行われたが、そのロケの弁当のおかずにどういうわけか巨大なザリガニが出た。私はこんな不気味なものが食えるもんかとあきれ果てて食べなかったが、バーキンがミック・ジャガーのような大きな口でバリバリと食らいつくのをみてたまげた。

無事に撮影が終了して最後に有楽町のいまはなくなったツタの茂るフランス料理のレストランに行った。入り口で彼女のお得意のジーンズ姿を一瞥した店の主人が、「うちはちゃんとした服装のお客様でないとお断りしています」とぬかして来店を拒否したのも懐かしい思い出。どうして断られたのか全然分からないジェーンを引っ張って隣の普通の料理屋に入りてんぷらとウナギとすき焼きを腹いっぱい食べて別れたのだった。

それからもジェーンは毎年のように来日しているようだが、あれ以来会わない。あんなに素敵なカップルだったのにドワイヨンとはとっくに別れたそうだ。