蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

勝手に東京建築観光・第3回

魔術師は虚空を見つめる〜電通本社ビル

汐留にあるこの高層ビルは、わが国を代表する巨大な広告代理店、電通の本社である。

電通はテレビ、雑誌、新聞、ラジオなどのマスメディアに食い込み、彼らの商材である媒体の販売代行を通じてその命運をひそかに握る。オリンピックやW杯、万博などのビッグイベントを自社に獲得するためには政財界との強大なコネクションが不可欠である。

また電通は、基幹産業の広告宣伝活動を代理され、主要ブランドのマーケティイグとマーチャンダイジング戦略、販促計画に大きな役割を果たしている。宣伝広告のみならず経営戦略までも代理店にげたを預ける企業すらある。

かつて私はある企業の広告宣伝部門で働いていたことがあるが、あるときその会社の歴代宣伝部長の息子や娘が電通の社員に採用されていることに気づいて今更ながらに驚いたことがあったが、これは驚くほうがうぶなので、電通は有力企業の実力者から人身御供をとることによって自らのビジネス基盤を確固たるものにしているのである。

しかし電通はあくまでもビジネスの表面に出ることを嫌う。徹底的に縁の下の力持ち、影武者としてフィクサーの役割を果たそうと涙ぐましい自己規定をしている。

したがって02年10月、ジャン・ヌーヴェル、ジョン・ジャーディによって設計された電通ビルのコンセプトは「空に消えゆくビル」、つまり普通の高層ビルにありがちなランドマーク性、記念碑性を拒否し、つまり「できるだけ目立たないこと」であった。

ジャン・ヌーヴェル自身は、「敷地内の樹木や空の雲、風景がガラスの反射と重なり合い超現実性をかもし出すこと。非永続性の変幻をもたらすこと」が狙いである、ともっともらしいことを語っているようだが、なにいくらビルだけ謙遜して黒子に甘んじようとしても、そうは問屋が許さない。

世間の耳目をひきつける魔術的な虚業こそが電通の実際の仕事。この大いなる矛盾を内包しながら、天下の電通ビルは今日も虚空をにらんでいるのである。