蝶人戯画録

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芥川龍之介の下宿跡を訪ねて


茫洋物見遊山記第67回&鎌倉ちょっと不思議な物語第247回


恒例の鎌倉文学館の文学散歩で学芸員の方のガイドに導かれて、秋の半日をそぞろ歩きました。自転車から転落して腕の骨を折った細君は無念の欠席です。

今回はまず江の電由比ヶ浜駅から芥川の下宿跡を訪ねました。芥川は大学卒業後横須賀機関学校の教師となり、大正5年から鎌倉に住みますが、その最初の住まいがFMかまくらの向かいにある旧野間西洋洗濯店の下宿でした。彼は同年12月の日記に「朝六時から起きて全速力で小説を書いて居る。鎌倉の物価の高いのにはあきれかえる」と書いていますが、この頃から当地の物の値段は馬鹿高かったのですね。

 高いのは物価だけではありません。税金も気位も高い。あまけに市役所の職員の給料は全国で一番か二番目に高い。私なども細君の実家が当地になかったらまったく無縁の地であったに違いないのですが、気がつけば三〇年以上この海と山と谷間の地にへばりついています。やれやれ。

それはともかく鎌倉は人口に比してクリーニング屋さんが圧倒的に多いのは、そもそもが当時の富裕層の避暑地だったから。街中をてくてく歩いているとすぐに「西洋洗濯店」が見つかります。若き日の文豪もそんなお店に下宿しておそらくは「鼻」か「芋粥」を書いていたのでしょう。

*参考資料は鎌倉文学館に拠る


     秋風に松寥々と聳えけり芥川が「鼻」書きし家の跡 蝶人