蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

井上ひさし著「一分ノ一」上巻を読んで


照る日曇る日第468回


アジア太平洋戦争に敗れた日本は、米英ソ中の四カ国に分断占領されてしまいます。

すなわち、北海道・東北はソ連、東日本主体の中央ニッポンは米国、西日本・九州は英国、四国は中国のようにバラバラにされたために、かつての国家と民族のアイデンティが日毎に崩れ去っていくのでしたが、かのとき早くこの時遅く立ち上がったのが主人公、サブロー・ニザエモーノ・ヴィッチ・エンドー、略称サブーシャでした。

サーシャは、なんと赤の広場の一分の一、すなわち原寸大の地図を作成して北ニッポン政府をあっといわせた伊能忠敬を思わせる地理学者ですが、国境のない統一ニッポンの版図つまり日本独立をめざして孤立無援に似たゲリラ戦を開始します。

主人公のまわりにつどうのは、天才少年や高校野球監督やヤクザや熟女歌手や主将犬などなど、さながら八犬伝に出てくるような一騎当千の少数の同志たち。粉雪舞う山形を脱走した彼らは、四つの占領国に必ず散在しているであろう革命的な愛国者たちを糾合するために、さまざまな困難と身内の犠牲、さらにはCIA、FBI、KGB、MI5等々四大国の諜報機関や暴力装置の妨害と弾圧を乗りこえて、占領国が覇権を競いつつひしめく東京は六本木交差点にまで進出してまいります。

さあ、いよいよ血湧き肉踊る前代未聞の一大英雄冒険譚のはじまり、はじまりィ……


西陽差すしやうぐあい施設の六畳間息子を託し黙して帰りぬ 蝶人