蝶人戯画録

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井上ひさし著「井上ひさし短編中編小説集成第3巻」を読んで

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照る日曇る日第759回

 

 

 著者の過ぎ越しと戯作者への脱皮を江戸時代の黄表紙作家、十返舎一九のそれとを現代黄表紙仕立てで重ね合わせた「手鎖心中」、戯曲「たいこどんどん」の原作「江戸の夕立ち」、「たそがれやくざブルース」を柱に、「さよならミス・ライセンス」「赤い自転車」「パロディ昭和元禄江戸の春」、「われら中年万引き団」「新作艶笑落語御松茸」という5つの単行本未収録作品をおまけにつけた本巻であるが、やはり前2作が面白い。

 

「手鎖心中」の中で、主人公が「言葉についちゃあ、妙な癖がある」と云って、たとえば「向学という言葉を聞くか言うかした途端に、好学、後学、高額、工学、光学、講学、皇学、鴻学など同音の言葉を思い浮かべ」、次いで「向学→合格、高閣、行客、口角」など似た音の言葉探しに夢中になり、さらには思いついた言葉を「向学心があったので合格した」「その高閣に登った行客はみな高額な金をとられた」のような文章にまとめ上げると「やっと気がすむ」と述懐するのだが、これぞまさしく井上ひさしの趣味であり、訓練であり、日常そのものであり、彼の文章作法の基礎であったと確信させられるのである。

 

「われら中年万引き団」を読んでいると、この人は本屋で本を盗んだことがあると分かるし、「江戸の夕立ち」を読んでいると「たいこどんどん」の舞台が鮮やかに脳裏をよぎって、なんだか懐かしかった。

 

 

  恐らくは一万円ちょっと入っていただろうどこへ消えたか私の財布 蝶人