蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

夢は第2の人生である 第24回

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西暦2014年霜月蝶人酔生夢死幾百夜

 

 

アムステルダム港からルテシア号に乗り込んだカラヤンは、NYに到着したらシベリウス交響曲4番と5番、それに交響詩フィンランディアを振るつもりでいたが、まさか自分が亡命することになるとは夢にも思っていなかった。11/1

 

研修会の講師が演説している。「さあ、君たち。ここで最新型の3Dシステムが導入されているので、君たちが望むものなら、たとえそれが原発でも原子力潜水艦でもたちどころに出来上がるのだ。それはこの私が太鼓判を押すから安心したまえ」

 

「問題は、まず何を製造するのかを君自身が決めることだ。それが決まれば、問題はそれをいかに作るかという問題に進むことができる。素材については鉱物系、動物系、植物系、無組織系の4種類を用意しているからどれでも君のお好み次第だ」

 

やがてあるメンバーの製品が溶鉱炉の真上に吊るされた。よく見るとそれは彼自身の精巧なダミーであった。ダミーは下から吹き上げる摂氏何万度ものまばゆい光と高熱に包まれ、アッという間に紅蓮の炎をあげて燃え尽きた。11/2

 

私がワルキューレの女騎士にちょいと顎で合図すると、彼女はただちに銀色に輝く巨大な槍を投げつけ、古今東西の膨大な書籍を宙空に浮かべた。そして彼女が槍を左右に煌めかせるたびに、忽ち書籍は時代別や地域別に並び変えられ、人類の文化史の編集に大きく貢献するのだった。11/3

 

去年の夏に亡くなった酒井君が、覚えめでたい前課長の前で今季の媒体計画を説明している。とくに四国地方に注力してローカルバス媒体を使った広告宣伝に力を入れたいと例の口調で熱っぽく説くのだった。11/4

 

突然誰かにピストルで撃たれた。当初肉体への侵入度は3.5であったが、ドクターⅩが緊急手術してくれた結果、2.5まで下がった。これで脳の切開手術はせずにすむ。11/4

 

手が紙で切れ血が止まらなくなったので病院へ行くと、そこに穴が開いてどんどん大きく深くなってゆく。覗きこむと穴の内部にびっしりくっ付いた微細な黄色い卵から、見たこともない奇妙な魚が次々に孵化して、琵琶湖ほどに拡大した湖を泳ぎ回っているのだった。11/5

 

私のオケで公演前のゲネプロをやっていたら、時々雑音が紛れ込んでアンサンブルが乱れるので、どうしたことかと眼を光らせていたら、突然の豚のように太った醜いヴィオラ奏者が、「ごめんなさい、私が悪いのです。退団させてください」と泣きだした。聞けば昨夜夫婦喧嘩をして演奏どころではないというのである。11/6

 

私は戦時中は今井和也という人が社長をしている小さな広告会社に勤め、来る日も来る日も出征広告を作っていた。私が文章を書き半川君がデザインするのであるが、ある日常にPEDを携えて英語を勉強していた旧知の大辻四郎という人が召集されたので、この辞書の写真を掲載したところ私はすぐに特高に逮捕された。

 

今井社長をはじめ橋本清一、村雲太郎などの諸先輩が築地署に掛けあってくれたが、特高は私の思想的背景を激しい拷問付きで日夜追及した。が、もともとなんの思想も持たないノータリンでパープリンンの私だったから、小林多喜二を虐殺したばかりの殺人鬼も2週間で放免したのだった。11/7

 

私は戦場でまみえた雑兵太兵衛を相手に、城壁を3たびも4たびもぐるぐる回りながら鋤を振り回してとうとう斃した。すると今度は雑兵次郎衛門が出てきたので、次郎衛門を相手に城壁を3たびも4たびもぐるぐる回りながら、鋤を振り回してとうとう斃した。すると今度は雑兵三郎衛門が出てきたので11/8

 

韓国に仕事で来ていたので、ホテルで朝食をとってから白いローブをまとったまま表通りに出ると、軍隊が警備している。私は午後1時に韓国の原宿と呼ばれている明洞で小林陽子と待ち合わせていたので、どんどん歩いて行ったが、戒厳令が敷かれている街には誰一人いなかった。11/8

 

久しぶりに北嶋君と芝居を観た後で、彼の自宅で飯でも食おうということになって2人でスーパーで買い物をしてから歩道橋を歩いていたら、向こうから本町4丁目の足立茶碗店の足立君がやって来て、「ほらよ、これが「熊野の天然水」だ。遠慮せずに持ってけよ」といって北嶋君にビニール袋を渡した。11/8

 

北嶋君は、「僕は君が誰だか知らないし、知らない人から物をもらってはいけないとカントも語っているから、要らない」と断ったのだが、足立君があまりにもしつこく「持っていけ、持っていけ」とヤクザのように強要するので、さすがの北嶋君も根負けしてその重いビニール袋を受け取った。

 

両手に花ならぬ食料品をいっぱいぶらさげ、大汗かいて北嶋君の家にたどり着き、一歩玄関の中に入ると、驚いた。玄関も、リビングも、キッチンも、寝室も、書斎も、トイレや浴室の中まで「熊野の天然水」で一杯なのだ。

 

1LDKに立錐の余地なく立ち並ぶ500mlのペットボトルの大群は、モダンアートのインスタレーションのようでもあり、巨人の胃袋の内壁にびっしりとへばりついたポリープの森のようでもあった。おまけに北嶋君のビニール袋の中には「熊野の天然水」しか入っていない。

 

「北嶋君、これはいったいどうしたわけだ」と尋ねると、カントの読みすぎで青ざめた顔付きの哲学青年は、上がり框にどっかりと腰をおろして、事の次第を語ってくれた。

「実はさっきの足立君は僕と同じこのマンションに住んでいるんだが、中上健次の水呑み婆が出てくる小説を読んでから水呑み教の虜になってしまったんだ」

 

「その小説では熊野の聖水を飲むと体毒をきれいにしてくれるという妄想に取りつかれた連中が出てくるんだが、これに一発でいかれてしまった足立君は、毎晩僕の部屋にやって来て「熊野の天然水」の押し売りをするようになってしまった」

 

「ああ、仕事だって大変なのに、家に帰れば足立君が聖なる水をガブガブ飲めば健康になって幸せが訪れるという。飲んでも飲んでも下痢をするばかり。これからいったいどうなるんだろう。僕は人世に疲れ果てたよ」と嘆くのだが、私はなんと慰めてよいのか分からなかった。11/8

 

アメリカ大使館にベロニカ嬢が来日した。私が飲み屋で友人のフランキーに「もしキャロラインに事故があったら次期駐日大使はベロニカちゃんで決まりだね」と話しかけると、彼は突然真っ青になって「JFK is No.1! Caroline is No.1!」と叫んで泣きだした。11/9

 

今度の課長は、本来部下に任せるべき仕事もぜんぶ自分でやってしまう人物なので、やりにくくて仕方がない。「大量に発生したユスリカにどう対応すべきかは、俺に任せろ」と宣言したままなにもしないので、頭にきた私は、火炎放射機で抹殺してやった。11/10

 

その大劇場に入ると、数年前に開催された超マイナーなインディペンデント映画祭で上映されるはずだった「古い谷の記録」や「アクラ」などの35ミリフイルムが、あちこちの座席の上に長い帯のように抛り出されたままになっていた。おそらく誰かの妨害が入ったのだ。11/11

 

南米のばあさんの屋台からガヴァを買おうとして邦貨300円相当のコインを渡したはずだったが、ばあさんは受け取っていないという。しばらく押し問答しているうちに、「まてよ、これはおいらの耄碌と勘違いだった」と思い直して300円払うと、喜んだばあさんはいきなり右手を出してきたので、私もその手を取ってぐっと握り返した。11/11

 

宇宙蛇がおのれの尻尾を銜えてどんどん呑みこんでいくのをじっと見つめていたのだが、どんどん胴体が消えていって、そのうち全部無くなってしまった。11/12

 

私は「いいね!」と書き込まれた私の投稿記事が、パソコンの画面の真ん中で突然ぜんぶ消えてゆくのを、茫然と眺めていた。11/13

 

今なら敵の間隙を衝いてアジスアベバの司令本部も大審院も軍事顧問の魔法使いも撃滅することができる千載一遇のチャンスだというのに、わが反乱軍の無能な指導者たちは、いつまでも腕組みをしたまま、立ち上がろうとはしなかった。11/13

 

NYの山本君がコムデギャルソンから新ブランドを出すというので、絶海の孤島で開催されたショーを見に行った。服はいまいちだったがバッグ、シューズ、雑貨の出来が良かったと感想を伝えると、これから村の老漁師を訪ねて習字と下駄の鼻緒すげを習いに行くのでここでお別れします、といった。11/14

 

川で遊んでいたらゴッゴオという物凄い音が聞こえたので、村人たちと一緒に急いで裏山の頂上まで登ったら、いままさに村全体が津波に呑みこまれてゆくところだった。11/15

 

裏駅の近くに永滝氏の住居兼用の壮麗な屋敷が聳えていたが、氏はその3階にある展示会場が来訪者に分かりずらいといって、いつまでもくよくよ心配していた。11/15

 

真夜中に庭の離れに電気が点いていたので覗いてみると、母が「心配しなくても大丈夫だよ。昔の友達がやって来たのでお父さんと一緒にもてなしているところだよ」というのであった。11/16

 

あたしのことを好きな男がいると子供たちから聞いたので、それはいったい誰だろうと思いながら公民館の外までやってくると、蛍があちこちで輝き始めていた。11/16

 

「○○とするにはあらずしてそは○○なり」という和歌を作った。これは上出来、この歌こそはわが生涯の大傑作ならむ、と確信していたのだが、時が経つうちにその○○がなんであったのかをすっかり忘れ果ててしまった。11/17

 

急に学生時代の呑気な気分が蘇って、部屋の向こうで寝ている友人に鉄の球を投げてやろうと思いついたが、友人は2階ではなく1階に寝ているのを思い出した。すると見知らぬ人から「真夜中にネンネグーしているところに、鉄球なんか投げないでくれよ」というメールが入った。11/17

 

わが会計事務所では、沿線の駅ごとに1名から数名の担当者を派遣していたが、普段は閑散としている綾部駅で突然殺人事件が発生して、多数の乗客が押し寄せたために、1人だけの係員は朝からてんてこ舞いだった。11/18

 

機動隊に追われてお茶ノ水のビルジングのてっぺんによじ登った私は、次々に別の建物に飛び移りながら追及をかわし、無人の日大の運動場に飛び降りた。11/18

 

山崎方代さんがいる八幡宮の前の鎌倉飯店で中華丼を食べていると、いきなりドンブリが宙に浮き、料理屋の外に飛び出した。私のだけでなく方代さんや他の客のドンブリも列をなして段葛を南下し、由比ヶ浜めがけて飛んでいった。今頃は相模湾を飛行しているだろう。11/19

 

私は自分の下手くそな詩を朗読しながら、身振り手振りで表情をつけようと努力しましたが、まるで最近アルツハイマーが進んだおばあちゃんのように思うにまかせません。のみならず肝心の詩の朗読すらおぼつかなくなってしまい、すっかり自信を喪失してしまいました。11/19

 

テントの中にクスクスやカナカナを連れ込んで背後から貫いた浅ましい姿を赤外線カメラで盗撮されていたために、私は検察局に呼び出されて1階級降格になってしまった。11/20

 

家光公から「最近領海に出没する海賊船を拿捕せよ」と命じられたので、本邦最大の戦艦と屈強な漁師百名の下賜を願い出て、南の海に乗り出した。夜陰に乗じて敵船百艘の周囲を百名の漁師が荒縄で縛り、私が操縦する巨大戦艦が先頭に立って海賊もろとも全船を長崎の港まで牽引すると、公は大層喜んで「望みの物は何でも取らそう」とのたもうた。11/21

 

尾根チャンと海外出張して良い写真を2カット撮ってこいといわれたので、まずパリでモデルのからみを、ついでアルジェリアで乾いた風景写真を撮ったが、圧倒的に後者の出来栄えがよかった。11/22

 

名古屋近鉄の電器売り場でキャンバスを立ててスケッチを描き始まると、忽ち人だかりができた。私は「あら、これはダリよ」「これはゴッホよ」と持て囃す女たちとどんどんデートの約束を取りつけながら、売り場主任と大型テレビの商談を始め、どんどん値切っていった。11/23

 

やがてA子とデートの約束をとりつけ、50インチの液晶テレビを40万円で買う商談が成立したところで、私はキャンバスをかたずけ、サインをしてから彼女と新幹線の駅に急いだ。11/23

 

某新聞社に勤務する友人が、彼が担当者である歌壇の選歌会と同じく彼が担当する本年度年間最優秀スポーツマン選考会のメンバーを同じ部屋に同じ日時に召集したたために、それぞれの作業が大混乱したために、長嶋茂雄岡井隆などの有名人が怒り狂って友人に詰め寄った。11/24

 

2人で地下道を何十分も歩いてから、ようやくシティタウンの前に出たところで、彼女が私に絡みついてきたので、さあ困ったぞ、どうしようと悩んでいると、その近辺の若者たちがこちらに近づいてきた。11/25

 

繊研新聞の広告を見ていたら、誰かの小説の読書感想文が出ていた。よく見るとそれは3Dの立体広告になっていて紙面から立ち上がっているのだった。11/25

 

私はイトレルを演じたチャプリンの映画からヒントを得て、常に7人の美女をデスクの周囲に侍らせておいて、たまたまそうしたくなったときには、そのうちの誰かをつかまえて、内なる欲望を発散させるのだった。11/25

 

会いたい会いたいと希っていた昔の思い人と連絡がついた私は、再会の喜びに殆ど有頂天になっていたが、午後4時に落ち合う約束をしていたレストランに行くと、それは切り立った岩山のてっぺんに聳え立っていた。11/27

 

レストランは無人で、誰もいない。客も給仕もいないし、いくら待っても彼女は来ない。それでも私は辛抱強く椅子に腰かけていると、厨房のほうで物音がしたかと思うと恐ろしい顔つきをした屈強な男たちが突然現れて私を取り囲んだ。11/27

 

白い蝶が飛んで来たので、寒冷紗の網を一閃し得たりやおうと捉えてみるとそれは巨大なウスバシロチョウだった。私がその部厚い胸を圧して息の根を止めようとするとそれは全裸の堀北真希に変身し、「お願いです、なんでもしますからわたしを殺さないで」と哀願するのだった。11/28

 

いつのまに内戦が始まったのか知らないが、横須賀線から眺めた逗子では死人は見かけなかったのに、鎌倉駅の下馬四つ角では、黄色く焼け焦げた肢体が折り重なって、見るも無残な様相を呈していた。11/28

 

雄大な山脈を背景にした映像に「山は常に動いている」というナレーションを乗せたアリゾナ州のCMに、「山登りをするときにはガラガラ蛇に気をつけよう」という注意事項を付け加えてほしいという依頼があったのだが、阿呆馬鹿デザイナーが山を蛇のとぐろ型に修正したために放映中止になってしまった。11/29

 

卓ちゃんたちと待ち合わせした料理屋はどうやら風呂屋だったらしく、部屋の中は浴衣などが乱雑に脱ぎ捨てられていて、浴槽からは嬌声が聞こえてくるので、気分を害した一人は「俺はもう帰る」と言ってどこかへ行ってしまった。11/30

 

 

 世界中「目には目を」となり行きて井筒『コーラン』を読み返す日々 蝶人