池澤夏樹編「日本文学全集02」を読んで
照る日曇る日第805回
折口信夫訳の「口訳万葉集」、小池昌代訳の「百人一首」、丸谷才一自選の「新々百人一首」を収めているが、非常に読みでと価値がある一冊ずら。
最初のものは折口が弱冠29歳の折に、辞書も参考書もなしに朝の9時から夜の10時まで全4500首をたった3カ月で口述筆記したといういわくつきの翻訳文であるが、いかなる注釈書にもまして強烈な印象が刻まれる怪物的なほんやくずら。全編が収録されなかったのが惜しまれる。
小池昌代の翻訳も、詩人であり、作家であり、女性である彼女の特性を十二分に生かした個性的な解釈であり、その自由奔放なほんやく文が楽しい。
最後のものも一部だけの収録であるのは残念だが、才人丸谷才一がその持てる博識と教養、反時代的精神を総動員して築き上げた日本文学史の頂点に立つ類稀なる詩歌論と人智極限的解釈であり、
七夕のとわたる舟の梶の葉にいく秋かきつ露のたまづさ 藤原俊成
の「七夕」を論じつつ折口・ヴァシュラールの「水の女」、和歌における「泪」論に至る驚くべき頭の体操、
ひとりのみ片敷きかねる袂には月の光ぞ宿りかさぬる 後深草院二条
黒髪のみだれもしらず打伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき 和泉式部
における、聖女性のうちに秘められた淫蕩と哀切極まる女性性の切りだしの鋭利さには、にゃんとまあ、これはさういう歌だったのかあ、思わずと膝を打つような新鮮な驚きが転がっている。詳しいことはぜひ直截手にとってお確かめあれ。
というような次第で、この本は「1粒で3度美味しい文学グリコ」のやうにお得な書物なのであるんであるんであるずら。
絶対に断じてまったくいささかも戦争なんてありえないのであるんであるん 蝶人