蝶人戯画録

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ドナルド・キーン著「ドナルド・キーン著作集第十二巻明治天皇上」を読んで

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照る日曇る日第814回

 

 定評あるキーン選手の評伝です。

 

 それが渡辺崋山であろうが、足利義政だろうが、今回のように偉大なる明治天皇であろうがまったく変わりがなく、膨大な資料や史実の富士山を徹底的に掘り下げ、その人物と彼が生きた時代の具体的な姿形を、水際立った手つきで山麓の青木ケ原に鮮やかに博引旁証するさまは、さながら歴史の魔法使いのようでもあります。

 

 「封建制は親のかたき」と云うた福沢諭吉の顰にならうなら、基督者であった私の祖父にとって「天皇制は不倶戴天のかたき」ということだったでしょう。

 そして、その御両人とは関係なく、天皇天皇制あるかぎりこの国の民草の本当の独立と自由はないと考えている私ですが、そんな時代遅れのひねくれ者にも、本書はとても面白くクイクイと読めたのでした。

 

 それは恐らく著者が日本人離れした国際感覚と知性の持ち主であり、この国特有のキナクサイ天皇イデオロギーとはいっさい無縁の衆生であることからきているのでしょう。

 

 幕末から明治維新という我が国にとってもっとも複雑怪奇で困難な時代と、その真っ只中に偶々生を享けてしまった一人の孤独な貴顕貴種の生を、これほどいきいきと描いた評伝は、世界中どこを探してもないに違いありません。

 

 

   憲法と民草の声を圧殺し戦争への道を爆走する人 蝶人