蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

国立劇場で「東海道四谷怪談」をみて

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茫洋物見遊山記第195回

 

 忠臣蔵のインサイドストーリーの元祖で、憤死した塩冶判官の浪人、民谷伊右衛門がどんどん人殺しをしていって妻のお岩やらその他大勢の亡霊の恨みを買って自滅していく陰々滅滅のお噺であるが、いろんなお化けがあの手この手で登場するわりには、全然こわくない。

 

 スタッフもそれが分かっていると見えて客席にお岩係を忍ばせて懐中電灯でバアアとかやっているが、そおゆう子供じみた比叡山お化け屋敷の真似はやめてほしいずら。

 

 これは強欲者の強欲ぶり、もっというと人殺しの快楽を実行犯の伊右衛門が蒙った恐怖の刑罰なしに疑似追体験する「バツ無しゲーム」なのである。

 

 作者の4世鶴屋南北自らが、花道の下からぽっかり浮かび上がって口上を述べるところからはじまって、47士が鎌倉高師直館を夜討ちして晴れて首をあげるまでを発端、序幕、2幕目、大詰まで全11シーンで演じ通すああ堂々の一大通し狂言であるが、文政8年7月江戸中村座での初演は、なんと「仮名手本忠臣蔵」との併演だったというから驚く。

 

 当時の江戸ッ子は朝から晩まで一日がかりで、この正続・表裏忠臣蔵をたっぷり楽しんだのであろう。これぞ真正の大衆娯楽ぞえ。

 

 民谷伊右衛門、お岩などなんと5役かけもちの市川染五郎などの高麗屋ご一統さんが最後まで熱演して、珍しく3階席まで超満員の年忘れ公演を、江戸の昔のように今月の26日まで楽しませてくれる。

 

 

   妻は子の我は我のみの行く末を案じて眠れぬ寒き夜かな 蝶人