蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

寂しい異端派


♪音楽千夜一夜第27回

いまどきの人は誰も読んでいないだろうが、音楽之友社という出版社から「レコード芸術」というクラシック趣味のマニアックな雑誌が出ている。私は吉田秀和氏のエッセイが連載されているので毎号必ず目を通しているのだが、巻頭の目玉記事は月評ということになっていて、いろいろな音楽評論家が、(読者の大半が馬鹿にしているとは知らないで)手前勝手に新作CDの批評をしている。

昔はここで高く評価されると実際にレコードが売れることもあったのだが、この節ではそのような幸福なめぐり合わせは絶えてないようである。

さてこの月評で面白いのは、交響曲担当者の小石忠雄氏と宇野功芳氏の見解と評価が毎回ほとんど一致しないことで、一方が推薦しているCDを、他方(その大半が宇野氏である)がくそみそにけなしていることだ。

例えば07年9月号では小澤征爾指揮水戸室内管弦楽団によるモーツアルトリンツやプラハの演奏を、小石氏は「小澤のモーツアルト世界が構築されている」と絶賛しているのに対して、宇野氏は「両曲とも平凡で、自分はこういうモーツアルトをやりたいのだ、という意志がなく、とても名曲とは思えない」と一刀両断している。

同じ指揮者の同じ演奏を前にして天地さかさまの評価が出るのは、当たり前といえば当たり前だろうが、もし芸術に鑑賞者の能力や資質や好悪を超え、各人各様の恣意性を超えた客観的かつ絶対的な評価基準があるとすれば、「どちらの意見も正しい」、あるいは「めくら千人、目明き千人」とはけっしていえないはずである。

ちなみに私も宇野氏とまったく同じ評価なのだが、どうやら世間ではあいもかわらず小澤と巨人軍(たかが野球なのにお前は軍隊なのか!)と自民党ファンが主流派らしく、少数異端の私などは、いずれ君たちにも分かる日も来るさ、と寂しくつぶやきながら黙って耐えているしかなさそうである。