蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

鎌倉ちょっと不思議な物語 第七話


蛇、長すぎる。 
と、言ったのは博物誌を書いたルナールだが、最近あまり身近にこの「長モノ」を見る機会が減ったような気がする。

しかし実際にはそうでもないようで、つい2、3週間に私の妻が太刀洗で短いやつ、それから左の写真の細長い道で2メートルになんなんとする超特大のアオダイショウに遭遇したそうだ。
しかも2回も続けて出会ったそうだ。

そのとき自転車でこっちからあっちへ行こうとしていた彼女は、その超特大が右側のつつじの根本にゆっくりと移動するまで息を潜めてじっと立ち止まっていたという。

ああ惜しいことをした。そいつがしずしずとグロテスクな巨体を動かすところをぜひとも見たかった。

そう思って今日もこの道を行きつもどりつしたのだが、ついに超特大は姿を現さなかった。

もう冬眠の準備に入ったのかもしれない。

つつじの根本でねんねぐーしているのかもしれない。

この長い道の左側を流れるのは滑川だが、うちの健ちゃんは、昨日紹介したO家のマサ君たちと一緒に、少年時代によくこの川に入ってウナギ取りをしていた。

両手でウナギをつかんだと思ってよく見ると蛇だったのでびっくりして投げ捨てた、なんて楽しそうに語っていたっけ。

そういえば健ちゃんは蛇が好きだった。石切り場跡地にはヤマカガシの巣があったらしく、我が家の庭には春になると小さなヤマカガシがうじゃうじゃ出てくる。健ちゃんはそいつらを捕まえては、首に巻いたり地面で這わせたり、動くおもちゃ代わりにして何時間も遊んでいた。

そういえば我が家が新築されて間もないある日の朝、なにやら変な気配がするので私が寝たままの姿勢で頭の先に目をやると、40センチくらいの長さのアオダイショウがチラチラと舌なめずりしながら写真(中)の植木鉢のへんでうごめいていた。

思わず凍りついてしまった私は、「どうしよう、どうしよう」とうろたえてパニクったのだが、隣の部屋でねんねぐーしていた健ちゃんの名を呼んだ。

やって来た健ちゃんは、傍にあった座布団をぱっとアオダイショウの上にかぶせ、それから両手をゆっくり座布団の下に差し入れ、しばらくもぞもぞやっていたが、やがてアオダイショウの胴体をそおっと引き出し両腕に優しく抱え込んだので、私は彼のとても少年とは思えないきわめて冷静沈着なその一連の所作にいたく感動したものだった。

健ちゃんはしばらくアオダイショウと遊んでから家の前を流れる滑川に逃がしてやった。

するとアオダイショウのあおちゃんは、「ありがとう健ちゃん、さようなら。またあそぼ」
といいながら流れに消えたのだった。

私は健ちゃんと違って蛇は怖くて触れない。何回見てもおぞましいその不気味なぐねぐねを目にすると、総身にぶるぶるっつとくる。そのぶるぶるが、忘れていた生のなまなましさを思いださせてくれる。

そういえば、つい先日逗子開成高校の生徒が捕まえた蛇と遊んでいたら、何人かがそいつに咬まれてしまって保健室に行ったらはじめてマムシだと分かったそうだ。

マムシも蛇だが、これはアオダイショウが黒化した攻撃的なカラスヘビと並んでとても危険だ。

私は田舎の少年時代に昆虫採集をしていてマムシに追いかけられたことがあるが、とても恐ろしかった。

谷川でカニ取りをしていてカラスヘビに追いかけられたときも怖かった。

シューという不気味な声を上げて牙を剥きながらまるでキングコブラのように1回大きく跳躍し、また着地してからすぐに体勢を立て直してまたジャンプしながら襲い掛かってくる。思い出すだにまた怖い。

鎌倉のマムシも凶暴である。

右端の写真は朝比奈の滝であるが、この上流がその名も「蝮ケ谷」という谷戸だ。

だいぶ以前にあるカメラマンがこの谷戸にわけ入ったら案の定マムシに襲われて三脚に噛み付かれたので三脚を放り出したまま逃げだしたそうだ。

おおコワ。