蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

ぐあんばれ宮崎緑!


ふあっちょん幻論第5回&鎌倉ちょっと不思議な物語39回


鎌倉には数多くの有名人?が住んでいるようだが、その中の一人に宮崎緑さんという元NHKのキャスターがいる。

去年だったか駅前のケンタッキーフライドチキンの細道をこちらに向かって突進してくる顔のみならず全体が大きくかさばった女性がいた。眼には隈ができ、その青ざめた顔にことさら部厚い白い化粧をしていた。

そのときは誰だかよく分からず、まるで江戸時代の紋付袴姿の侍か、東洲斎写楽描く役者絵の巨大な凧のような印象だけを家に持ち帰ったのだが、数日前、新聞広告に登場した中年女性の写真を見て、その時の写楽が宮崎緑さんであったことを知った。

そして私は現物に出会ったときに受けた一種の異様さの謎がたちまち氷解するのを覚えた。彼女はあのときも、そして写真の中でも、ノーマカマリ風の肩パッド付きのジャケットを平然と羽織っていたのである。

「おお、懐かしや、肩パッドであるぞよ」と思わず私はうなった。

ご存知のようにこの種の肩が天空めがけて逆立った威嚇的なシルエットのジャケットは、疾風怒涛の80年代女性モードの代表選手であった。90年初頭までの「決して失われなかった黄金の10年間」を初代キャリアウーマン服飾史の輝く花形アイテムとして主導したのがこの逸品なのであった。

家人もこれらの肩パッド付きジャケットを何点か所有しており、それらを鏡の前で何度も羽織ながら、「でもやっぱりどこか変だよねえ」といいつつ泣く泣く処分したのが10年ほど前のことだった。

ちなみにこの肩パッドはそれを取り去ってもなおかつ「まだどこか変だよねえ」なのである。

ファッションが時代と共に変化するとき、いつでも誰でもがつぶやくのが、このセリフなのだが、驚いたことに宮崎女史はこの10年この「どこか変だよねえ」に無自覚であっと断じるほかはない。

80年代レディスモードをリードしたビッグシルエットは、90年代に入ると共に絶滅し、90年代の半ばにビッグからスリムへのシルエット転換が終了し、この同じトレンドがメンズに及んだのが00年代。そして去年からユニクロが展開しているスキニー(超細身)キャンペーンがそのファッション革命の総仕上げという流れなのだが、かの宮崎女史はこの時代変革にまったく無知であるか、あるいは知ってはいても微動だにされなかったのである。

ああ、なんと見上げた偉大なる人間国宝的存在であられることよ!

しかし世間を広く見渡せば、このように偉大な80年代的時代精神の持ち主は、彼女だけではない。超右翼の櫻井よしこ社民党党首の福島みずほ、などといった偉大な論客たちも、イデオロギーの動向には敏感であっても、ことモードの巨大な地盤変動に関しては恐ろしいほど無自覚であることは、彼らのファションを見れば火を見るより明らかであろう。

しかしながらもっと恐ろしい?ことには、あるトレンドウオッチャーの予測によれば、あと数年も経てば、かの恐怖の肩パッドがパリコレで突如復権し、およそ20年ぶりにロイヤル・グラン・シルエット時代が戻ってくるかも知れないという。

そうなれば宮崎女史は、「超時代はずし者」ではなく、最先端のトレンドリーダーとして世界中の喝采を浴びるに違いない。

んで、その日がやってくるまで、そのままぐあんばれ宮崎緑!