蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

続 心に残った言葉


♪バガテル op20 

乙羽さんとは「愛妻物語」で出会い、「原爆の子」で同志となり、男女の関係を結んだ。

この時わたしには妻子があり、乙羽さんは一生日陰の人でいいから、と全身を投げ出してきた。わたしは善良な妻を裏切ることに苦しみながら、これをうけた。乙羽さんが最初の妻、久慈孝子にそっくりだったからだ。

乙羽信子とは27年間男女の関係を続け、妻と離婚して、4年後その妻が亡くなり、その翌年結婚した。結婚生活は17年続いた。

去年、乙羽信子の13回忌を行った。

ここに乙羽さんがいるはずはないが、墓の前に佇むと、センセイ、と呼びかけてきそうな気がするのだ。

わたしは宗教を信仰していない。したがって霊というものも信じていない。しかし何処からか、センセイ、と呼ばれそうな気がするのが、わたしの宗教かもしれない。

乙羽信子の骨は、半分を墓の中に入れて、半分は「裸の島」の舞台となった宿祢島の海に撒いた。

乙羽信子の作品はどれもこれも忘れられないが、とくに「裸の島」は深く心の中にある。

肥桶を担いでください、と言うと何の躊躇もなく乙羽信子は「はい」と言った。

その担げもしない重い物を、乙羽信子は担いで坂道を上がって行ったのだ。

人は死んでしまうが、死なない人もいるのだ。

新藤兼人私の履歴書日本経済新聞