蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

昌楽寺発見

鎌倉ちょっと不思議な物語110回&鎌倉廃寺巡礼その7


鎌倉廃寺事典には、「「風土記稿」に、十二所に昌楽寺谷の字があるという」としか記されていないが、わが地元史「十二所地誌新稿」には、

「生楽寺谷、寺の谷戸にあった。古地図によると小谷戸の入口であった。今無縁佛のある処である。そこには土で埋まって何人も知らなかった矢倉があって、中に五輪塔がころがっておる場所がある」

と、ちゃんと書かれているではないか。
かねて心当たりのある場所なので、たたちにおんぼろ自転車にまたがって現地に急行する。

一遍上人と塩嘗地蔵ゆかりの光蝕寺(こうそく)寺を左に見ながらおよそ100m奥に入ったところに、その小谷戸の入口があった。
満開の桜の木の下を母親と孫娘が歩いていく前方に昌楽寺(あるいは生楽寺)があったに違いない。

この谷戸は思いがけず奥行きがあり、現在は地元の土建会社の物置になっている。健ちゃんの同級生の自宅もすぐ傍にある。

5、6年前は初夏には蛍が浮遊していて、あたかも「精霊群れ飛んで交歓す」の小泉八雲的情景が展開されていたが、それもいまではわたくしの脳内に点滅するうたかたの幻影となりおおせた。

山腹の奥にうがたれた洞窟の奥には、かつて数多くの五輪塔が残在していたが、いまはどこかへ雲散霧消してしまったようだが、江戸時代の墓石は現代のそれに混じってここかしこに見受けられる。

なかには亡き愛犬の立派な彫像まで設けられていて思わず笑ってしまうが、その姿を垣間見た当の飼い主は、桜花乱れ落ちる卯月の夜に一掬の涙を漏らすのでもあろうか。


噎せ返る馬酔木の香りに包まれてかの日藤山で捕えしあの岐阜蝶よ 
噎せ返る馬酔木の香りに包まれてわが捕えしギリシアの妖精