蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

きのう見た夢


♪遥かな昔、遠い所で第73回

昨日久しぶりに見たのは白い大きな蛇の夢だった。

私が例によって異境の地で途方に暮れて彷徨っていると、(いつも見る夢だ。いつも出てくる場所だ)路地の奥まった小さなアゴラの右側に、土蔵を改造した商店とも半分壊れた土蔵とも見える一種の祝祭的空間があった。

腰にひらひらだけまとったアラビア風の土民が笛を吹いている。聴いたこともないわびしく哀しくどこか懐かしい旋律を奏している。

私が「いかなる神ならむ、いかなる祭祀ならむ」といぶかしみながら祭壇の前に立ち、目を挙げると、その眼の少し上の位置にオオサンショウウオに似た面妖な貌をした真っ白な大蛇が横たわっていて、うろんな眼つきで私を睨んだ。

美白の外貌なのに眼だけは黒々と、また爛々と輝いている。こいつが大蛇であるとはすぐに見当がついたが、胴体や尻尾は奥のほうにとぐろを巻いていてどれくらいの大きさなのかはまったくわからない。

しかし薄暗い空間の奥にじっと眼を凝らせば、蒼白の大蛇のとぐろの上に横たわっているのは、灰色と薄緑が混じった色をした4羽の白鳥であった。

かつては白鳥と呼ばれたであろうその大型の鳥は、いまや死せる黒鳥となってその4本の長い首と風呂敷のようにぺっちゃんこになった紫色の胴体を、冷たい血管が透き通るような大蛇の皮膚の上に静かに横たえているのだった。

思わず身震いした私が、なおもその異様な光景に見入っていると、そのオオサンショウウオに似た白い大蛇が美白の分厚い唇をぶよぶよと動かしながら、なにやら呟いたようだったが、何を言うておるのか聞き取れなかった。

そこで私が「えっ」と聞き返すと、そいつは、もういちど確かにこう言うたのだった。

「眼は、動くまなこなり。」              


父母逝きてたったひとつの慰めはもはや訃報に怯えぬことなり 茫洋