蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

三好達治と極楽寺界隈


鎌倉ちょっと不思議な物語135回

鎌倉も完全に市場経済とメディア戦略の格好のターゲットと化しており、昨日までは寂れて道行く犬猫すら見向きもしなかった支那蕎麦屋があほばかテレビ局の番組にたった一度取り上げられただけで千客万来の賑わいを呈しているのにはあきれるほかはない。

それまで閑古鳥が鳴いていたときにはたった1人のお客にも最敬礼して迎えていた店の主が、「うちの営業は11時半から。入口にちゃんと書いてあるでしょ」などと偉そうに早くから来訪したお客を追っ払っている浅ましい姿を見るのは、あまり気持ちのいいものではない。

極楽寺の近くに成就院というお寺があって、それまではろくにお客が来なかったので、般若心経の文字の数だけアジサイを植えたところ全国から観光客が殺到するようになったという。

その数はいくらかと聞くと、たった262字というからたいしたものではない。「262本のアジサイのある寺」、ではなく「般若心経の文字の数だけアジサイを植えた寺」と企画・宣伝するところに電通的な知能犯の智謀を感じて不愉快だが、極楽寺だけは間違ってもアジサイ寺的マーケティングのとりこにならずに時代と共に静かに滅んでいくような気がする。

さてその昔、極楽寺界隈には詩人の三好達治が住んでいた。彼の「半日閑歩」には極楽寺の前に桶屋があると書いてある。桶屋と客がこんな会話をしていたと三好は書いている。

―あなたはお風呂もなほしますか。
―ええ、風呂桶の修繕もいたしますよ、どちらさまです。
―姥ヶ谷の停留所の前の山の上だがね。
―存じてゐます、箱風呂ですね、四角な。
―へへん。
―この前一度直しに上がったことがあります。

 この桶屋はもうとっくの昔になくなったと思っていたが、現地を歩いてみると、じつはシステムバス屋さんに姿を変えて現存していることがわかった。


♪中国銭を鋳りて生まれし鎌倉大仏 茫洋