蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

椿事


♪バガテルop71

先日突然刑事がやってきた。若い体育会系の男性なので、大嫌いな読売新聞の勧誘員かと思ってドアを閉めようとすると、K県警の警察手帳と名刺を出したので、仕方なく玄関口に入れた。

聞けば振り込め詐欺の捜査をしているという。話せば長くなるので簡単にすると、犯行が行われたATMの近所の交差点に監視カメラが取り付けてあり、いまから5年前!の某月月某日撮影のそのビデオに、私の名義になっている自動車(とナンバー)が映っていたという。それで尋ね訪ねて私の家を探り当てたというのである。

そして、「つきましては、まことに失礼ですが、その日あなたはもしやこの辺を走行されていませんでしたか?」と尋ねるのである。つまり彼は間接的な証拠を元に、私に振込み詐欺の犯人の嫌疑をかけたというわけだ。

やがて肝心の免許証を持って運転しているのが私ではなくわたしの細君であることを知るに及んで、刑事の追及は私から妻に転じた。仕方なく私と違って超多忙の細君と連絡を取ると、彼女も大いに驚いていたが、「昔から手帳に日記をつけているので、その日の記述を調べてみたら」という。さっそく取り出してぺージを繰ると幸いにも当日近隣のお寺に墓参りに行った」と書いてあったので、これを彼につきつけると大いに納得して「大変失礼を致しました」と引き揚げていった。

ようやくにしていわれなき振り込め詐欺犯の濡れ衣を払拭できたわけだが、世の中には日記をつけている人間などそう多くはないだろうし、あったとしてもこうも都合よく身の証を立てる記録をメモしている人間などいないだろう。今回は幸い貴重な証拠?があったからよかったものの、なければ彼奴はどういう態度に出たのかと思うと不穏な胸騒ぎがした。

さらに気になったのは、彼らの捜査方法のきわめて迂遠にして胡乱なことである。今頃になって5年前のビデオ記録を基にしてきわめて確率の低い聞き込み捜査を行っている。こんなことでは到底犯人など捕まらないのではないだろうか。映っていた数十台の車のうち1/3くらいの所在を突き止めたとか言っていたが、まことに前途遼遠、隔靴掻痒の感は否めない。

かてて加えて最近は捜査員のレベルが三国連太郎を追う伴淳三郎よりも劣化したと仄聞する。しかもこの種の犯行は連日のように多発している。もとより限られた捜査員を駆使して優先順位をつけ、もっとも効率のよい捜査体制を敷いているのだろうが、これでは世田谷一家惨殺事件など迷宮入りになるのもむべなるかなと思わずにはいられなかった。


♪五年前のアリバイ求められてたじろぐわれは小市民かな 茫洋