蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

車谷長吉著「四国八十八ヵ所感情巡礼」を読む


照る日曇る日第182回

車谷長吉氏が伴侶の順子さんと同行二人で出かけた、はじめは読んで面白く、ときおり笑ってしまって、最後は悲しくなってしまう一大お遍路日記である。夫婦二人だけの句会が泣かせる。

車谷長吉はエグイ人だ。どんくさい人だ。毎日なんども野糞を垂れている。

強迫神経症の薬を飲むと便秘になるのであわせて下剤を飲むから、朝宿屋でうんこをたんとしておいてもしておいても突然うんこが出てくると書いているが、少年時代から突然ウンチが出たとも書いているので、やはり六〇年以上人目をはばからことなくうんこをしていたに違いない。

一日五回もうんこをしたと書いている日もあった。全編これ雲古だらけの日記なり。素晴らしい。

車谷長吉は、正直な人だ。志賀直哉武者小路実篤の現代における真の後継者である。
四国を順子さんとお遍路しながらたった一回だけ「お乳とお尻をなでなでした」と書いてある。書くほうも書くほうだが、書かれるほうはたまったもんじゃないだろうが、どうしても書いてしまう。書かざるをえない性なのだ。

徳島県はゴミだらけという文句も、車で遍路する奴は地獄落ちという託宣もよってくだんの如しで、普通の人なら筆を控えそうなことに限って彼は覚悟の上で書いてしまう。
並みの私小説作家とはそこが違う。周りを傷つけながら自分も全身血だらけになっている。肉を斬らせて骨を斬るってやつだ。下手に近づくとヤバイぞ。


「人間ほど不幸な生き物はない。他の生物は将来自分が死ぬことを知らない。だから鶯はあれほど美しい声で鳴けるのだ。私は作家などになってしまったが、もう二度と人間には生まれて来たくはない」

同感です。


だっていつだってあえるじゃないといいながら死んでしまった 茫洋