蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

秋日掃苔


バガテルop74

秋晴れの午後、池袋のフジフィルムにデジカメの修理に行ったら、1時間もかかると言われた。およそ半年おきにCCDにゴミが溜まるのである。そのたびにはるばる池袋くんだりまでやってきてゴミ掃除をしてもらうのだが、これって欠陥商品ではなかろうか?

いままでのカメラではこんなことはなかったのに、また鳥取砂丘に旅行したわけでもないのに、いったいどうしたわけだろう。まったくやれやれである。

その代わりにといっては何だが、この近所に私の大好きな往来座という古本屋さんがある。海外文学は扱わない代わりに本邦の文学や映画、美術関連が充実しており、いつ行ってもヴィクターの古いけれどもよい音を出すスピーカーSX3からボブディランの音楽が流れている渋いお店であるが、若くて清潔な感じがする店主に道を訪ねて久しぶりに雑司ヶ谷霊園まで足を運んで私の唯一の趣味である掃苔を楽しんだ。

1-1区画にはわが敬愛する荷風散人、漱石が「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」と一代の絶唱を詠んだ大塚楠緒子、小泉八雲泉鏡花などが長い眠りに就いている。私は彼らの墓石の上に降り積んだ銀杏の葉を両の掌で払い落して霊前に額ずくことができた。

永井荷風は三ノ輪の浄閑寺に葬られることをのぞんだのだが、幸か不幸か窮屈な一角に眠っている。ハーンの墓もとってつけたように狭い。楠緒子さんは法学博士の夫と仲良く並んでいる。

秋の日はつるべ落しにぐんぐん沈んでいく。私はこの近所にある小栗上野介岩瀬忠震成島柳北中村是公と漱石、森田草平とケーベル博士の墓前には欠礼して黄昏の霊園を後にしたのであった。


夕焼けの公孫樹の下に眠りたり雑司ヶ谷なる大塚夫妻  茫洋