蝶人戯画録

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横須賀交響楽団の「第9」を聴く

♪音楽千夜一夜第52回

この素晴らしいオケのコントラバス奏者であり、私のマイミクさんでもある笑み里さんのご招待で、年末恒例のヴェートーフェンの「合唱付き」を楽しませていただきました。

日曜午後のマチネーです。須賀線の横須賀駅を降りて寒風吹きすさぶ港を見ると大きな潜水艦がちょうど岸壁に接岸されるところでした。嬌声を挙げてデジカメで撮ろうとする見物客を制するがごとく、反戦平和を唱える小柄な尼僧が「南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!!」と手に持った小太鼓を連打しながら通り過ぎる。いつもながらのヨコスカ・ハーバーです。

演奏は同じヴェトちゃんの「合唱幻想曲」から始まりました。構成に大きな破綻があるものの、いかにもヴェトちゃんらしい荒削りな作品を、象のように巨大な体躯を揺さぶりながらピアノの久保千尋が力奏しました。

休憩のあとはお待ちかねの「第9」です。はじめの3つの楽章が破綻こそないものの、あまりにも優等生的な安全運転で、今日はどうなることかと案じましたが心配無用。最後の楽章でオケも指揮者も合唱も大爆発。世界の恒久平和を祈念する歌と旋律を、腕も折れよ、喉も裂けよ、バチも折れよ、とばかりに超満員で立ち見まで出ている巨大なホールにぶちかまし、折からの寒波で心まで冷え切っていた聴衆の胸のなかを灼熱の嵐に巻き込みました。

指揮者は最近絶好調の神奈川フィルを牽引する若き棒振り現田茂夫。おそらくは徹底的なリハーサルでオケをしごいたのでしょう。アマチュアオケ屈指の実力を誇る横須賀交響楽団から思い通りの音色とバランスと色彩と力感を生み出し、この至高の難曲を見事にドライブしました。私はこれほど最終楽章にピークを設定した演奏を聴いたのははじめてで、オケもさることながらコーラスのすさまじい威力に圧倒されました。今日の主役はまぎれもなく横須賀芸術劇場合唱団でしょう。

安定した弦、とりわけヴェトちゃんには必須の低音部をゴンゴン築くコントラバス軍、活気ある打と管、とりわけリズム感抜群のパカッションが素晴らしく、管弦楽と管楽器の美しいハーモニーは聴きごたえがありましたが、ピッコロの音程と強度、トライアングルの鳴らし方、それから前にも触れたようにこの指揮者の曲の解釈については私には強い異論があり、正直に告白すれば3つの楽章の演奏には失望を禁じえませんでした。若きマエストロの今後の自覚と精進に期待したいと思います。

「第9」を打ち上げたあと、驚いたことには「蛍の光」のアンコールがあり、それにしてもヴェトちゃんを上回る?なんという天下の名曲かなと一掬の涙がきらりと漏れたことでした。ロンドンの「プロムス」のように場内大合唱になるともっと盛り上がるのですがね。

♪オオフロイデ、蛍の光で年は暮れ 茫洋