蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

渚にて


バガテルop107&鎌倉ちょっと不思議な物語第201回


今日も3人揃って由井ガ浜の海に海水浴に出かけました。

午後2時過ぎに出発して2時半に海岸の傍の地下駐車場にさしかかると満車の表示が出ていたので、これはやばいと思ったのですが、しばらくすると空の文字が浮かび出て、うまく駐車できました。もっともこれらは全部お母さんの作業ですが。

海は大波、中波、小波が変わりばんこにザブンザブンと浜に打ち寄せ、中央監視所の上空には、青ではなくて黄色い旗がムクの尻尾のように強風にぶるぶる震えています。

昨日と同じように遊泳注意ということなので、僕は恐る恐る海に向かって前進し、星条旗の巨大な浮輪を抱えて波に乗りました。
ジャブーーン、ジャブッジャブジャブ、ジャブーーン、ジャブッジャブジャブ、せっかく塩辛いお風呂に浸かったと思ったら、あっという間に砂浜まで押し返されてしまいます。

僕は焦ってお父さんを呼ぼうとしましたが、隣で泳いでいたはずのお父さんはあらぬ方角に目を泳がせています。僕がその視線をたどると、お父さんは、渚で体をくねくね回転させたり、両手を青空に大きく広げてポーズをとったり、かと思うと砂に寝そべって顎を両手で支えてほほえんでいる、僕がいままで見たこともないようなすらりとした金髪の美人を口をポカンとあけてうっとりと眺めていました。

その女性は明らかに日本人ではありません。きっとお父さんの大好きなフランス人のモデルさんでしょう。そのきれいなモデルさんを渚の方からデジカメで写真を撮っているヤクザのようなおじさんがいます。
年齢はお父さんと同じかもう少し若いくらいですが、まるで動物園のマントヒヒのような獰猛な顔をして、プロレスラーのように頑丈な体つきの持ち主です。マントヒヒは白い小さなビキニを身につけたモデルさんのちょうはつてきなポーズを次々にカメラに収め、それらを撮影するたびに2人で体を寄せ合って眺めてはうれしそうに笑っています。

僕はこの2人は国際結婚をしたカップルではないかと考えましたが、それにして年が離れすぎています。きっと鎌倉に遊びにきたモデルさんが長谷の大仏あたりでマントヒヒと仲良くなって、一緒に由比ガ浜くんだりまでやってきたのではないでしょうか。

何気なくお父さんの顔を見ると、怒っているような、泣いているような、僕がいままで見たこともないようなへんてこりんな顔をしています。浮輪でプカプカ浮かんでいる僕を見ると、「今日の海水浴はどうもつまらないな」と塩水をペッと吐き出しながら言うので、僕が、「そんなことないよ。いつもと同じように楽しいよ」と言うと、「ヘン」と言ってそっぽを向いてしまいました。

どうも仕方がないお父さんです。中央監視所の上空を飛んでいる鳶が、相変わらずピーヒョロ、ピーヒョロと鳴いています。


♪本日もまた遊泳注意なりわが生への警告と聞きて沖に乗り出す 茫洋