蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

梟が鳴く森で 第10回


9月23日

今日お父さんが外国人を家へ連れてきました。ジェーン・バーキンさんというきれいな女優さんとそのご主人で映画監督のジャック・ドワイヨンさんです。
ふたりはとっても仲が良くてうらやましいほどでした。僕もあんなきれいな女の人と結婚したいなあ、と思いました。

ジェーンさんは、まるで小鳥がさえずっているような不思議な言葉でずーっとしゃべりっぱなしでした。
お父さんからあとで聞いた話では、ジェーンさんのお友達の映画監督のウッデイさんという人は、ニューヨークというところに15人くらいの子どもと一緒に住んでいて、その子供というのは全部ウッデイさんの実際の子どもではないひとばかりで、その中にはベトナム戦争という大戦争でみなしごになった子どもや、僕と同じような子どももいるそうです。
お父さんは、それって、とってもすごいことなんだぞお、と教えてくれました。

ジェーンさんは、お母さんからスキヤキをどっさりごちそうになって帰るとき、僕のホッペにチュ!とキスしてくれましたが、そのときとってもいい匂いがしました。
お父さんの話では、あれはシャネルのエゴイストという名前の香水のせいなんだそうです。

エゴイストってどういう意味?と僕が尋ねると、自分勝手な奴だよ。そういう人間になったら人間終わりだよ、とお父さんがまた教えてくれました。
僕のお母さんはエゴイストではありません。生協のちふれです。

ジェーンとドワイヨンさんは、玄関口で、オ・ルボワールと言いました。
オ・ルボワールとは、フランス語でさよならという意味だそうです。そして、もう一度会おうね、という意味だそうです。

オ・ルボワール・ジェーン!
オ・ルボワール・ジャック!

と言いながら、僕はこの人たちにもう一度会えるだろうか、会えたらいいな、と思っていました。

♪鎌倉の谷戸に眠れるホロビッツそのCDは朽ち果てにけり