蝶人戯画録

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キーロフ劇場バレエ団のDVD「白鳥の湖」を見て


♪音楽千夜一夜第112回

キーロフ劇場は現在マリインスキー劇場のソ連時代の名前。スターリンに消された革命家にちなむネーミングらしいのですが、この劇場のバレエ団が白鳥の湖を踊ったDVDが500円で叩き売られていたので、すかさず視聴してみました。

冒頭から画面が揺らぎ原色の色彩があやしく点滅するなかを無数の白鳥がゆらゆら泳ぎ出てきていつのまにか幕が開いています。指揮はW.フェドトフ、管弦楽はサンクト・ペテルブルグ・アカデミカル・オーケストラといういかがわしいオケですが、これはたぶん現在かのゲルギエフ大先生率いるキーロフ劇場管弦楽団の前身のエキストラによる演奏なのでしょう。けれども白鳥が踊り、王子が踊り、オデット姫とデュエットしてもチャイコフスキーの音楽とはとうてい思えない無国籍音楽が鳴り響いています。

白鳥の湖」はじつに不思議なバレエで、出し物によって長さや演出が異なり、CDで聞く音楽通りの公演などまずないので面喰うことが多いのですが、この時代も収録も不明の公演は、いちおうオウセンチックなプティパ=イワノフ版にのっとっていて主人公は幸せに昇天する演出のようです。

しかし全4幕の構成になってはいても、演奏時間は78分と短く、いたるところで物語が寸断され、なにがなんだか分からないうちに突然幕が降りてしまいます。出演者の名前も最後にロシア語でクレジットされているだけで翻訳がないので誰だか分かりませんが、いちばん迫力があったのは悪魔役の男性。フィギュアスケート男子シングルで優勝したエバン・ライサチエクそっくりの恐ろしげな面持ちと演技の大迫力が印象的でした。

♪能ある黒猫よりもむしろ能無き白猫を選ぶべし我ら能無き国民 茫洋