蝶人戯画録

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アラン・J・パクラ監督「大統領の陰謀」を見て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.28

この映画では、70年代前半の合衆国を驚倒させたウオーターゲート事件の顛末を事実に則して描いています。なんとワシントンポスト紙の2人の新米記者の執拗な取材とスクープが、ニクソン大統領を失脚させるに至るのです。原題は「みんなニクソンの一味」ってか。

ロバート・レッドフォードダスティン・ホフマン扮する新聞記者は、通称「ディープスロート」、実は当時のFBI副長官の内部情報を得ながら、ニクソン再選のために資金と情報を非合法に集め、民主党候補を倒そうとする勢力(結局それはニクソンと彼の7人の腹心に直結していたわけですが)の追及を開始します。

最初はほんの断片的な情報に基づいて突撃取材を敢行し、また別の断片をまるでパッチワークのようにつなぎ合わせて事件の核心に迫ろうとする2人の悪戦苦闘ぶりがこの映画の見どころです。例えば大統領再選委員会の名簿をポスト紙の女性記者の「肉体的協力」で手に入れ、そのメンバーの自宅をアルファベット順に、しかも2度も!訪問して不正資金提供の証言を得ようとするくだりなど彼らの猛烈な記者根性には脱帽せざるを得ません。

証言を引き出す手口も斬新で、例えば「小澤幹事長、あなたは地元の企業からの不正献金をもらったでしょう?」と尋ねて「私はお金についてはつねに秘書に適正に処理させてきました」という答えが返ってきたら、この態度を、質問に対して正面から回答しない「否定の否定」とみなして疑惑ありという主旨の記事にするのです。あるいはまた自分からは積極的に証言しようとしない人物に対して、「容疑者はMですね・」とイニシャルで聞いて証言者にうなずかせたり首を振って否定させたりして確認する手法、また「もし私の推察が事実に反していたら、いまから10数える間にこの電話を切ってください」と追い詰めて確認をとるなど、あれやこれやの取材のテクニックは非常に興味深いものでした。

アラン・J・パクラ監督は、冒頭の民主党本部へのスパイの侵入事件以外さしたるアクションもないこの映画の眼目を、監督は事件記者の取材活動そのものに絞って描写していますが(もっともそうせざるを得ないという事情もあるわけですが)、テレビがニクソン再選を伝えるなかデスクで懸命にタイプを叩く2人というシーンで全編を終わらせるラストはいささか物足らない。もう少し劇的なパフォーマンスを見せてほしかったと思わずにはいられませんでした。

主演の2人はかっこいいスターぶりでしたが、彼らを激励叱咤し、社運を賭けて真実の追求と報道の自由を死守しようとする彼らの上司役のジェーソン・ロバーズがこの年のアカデミー賞をもらったのは当然と思わせる名演技でした。


1976年 アメリカ ワイルドウッド・エンタープライズ制作
【製作】ウォルター・コブレンツ               
【原作】カール・バーンステイン               
    ボブ・ウッドワード                 
【脚本】ウィリアム・ゴールドマン              
【撮影】ゴードン・ウィリス                 
【音楽】デビッド・シャイア                 
【原題】All the President’s Men


♪やっと待ち遠しい春が蝶よ花よとやってくる 茫洋