蝶人戯画録

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杉本寺を訪ねて


茫洋物見遊山記第29回&鎌倉ちょっと不思議な物語第220回

このお寺の歴史は鎌倉幕府の開府よりも古く天平3年(731年)にさかのぼります。まず当時関東地方を行脚していた行基がこの地に観音像を安置し、ついでその3年後に光明皇后が本堂を建立したのが杉本寺の開基のいわれとされています。

吾妻鏡」には文治5年(1189年)に近所の家からの火災で本堂が焼失した、とありますが、その折になんと3体の観音像が自力で庭の大杉の元に避難したので、それ以来「杉本観音」と呼ぶようになったそうですが、杉本寺の周辺にはいまなお大小の杉の木が見られます。

さらにこのお寺を乗馬したまま通りかかった武士は必ず落馬するというので「下馬観音」という異名もつけられています。似たような地名に「下馬四つ角」という場所が鎌倉駅を右折して由比ヶ浜に向かう途中にありますが、昔はここで武将が下馬する定めでした。

私が小林秀雄とすれ違ったのはこの「下馬四つ角」の近くでしたが、彼が下駄ばきで海の方へ急いでいた姿がいまも忘れられません。「下馬四つ角」は大雨の後にはいつも冠水していましたが、最近はそういうこともなくなったようです。


六月に奇麗な風の吹くことよ 子規

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