蝶人戯画録

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森アーツセンターギャラリーで「ボストン美術館展」を見る


茫洋物見遊山記第32回&勝手に建築観光38回

古典派の画家とは違って、印象派の画家たちは、目前の事物を心眼でとらえても、そのまま写生することはありません。

心眼に映じた風物の心象を白い画布の上に投影しながら、とりあえずは事物をその構成要素に解体して主観的な映像に置き換えることを狙ったドガ、マネ、ルノワールゴーギャン。徹底的に事物をその構成要素に還元して、微細な極点として再配置する神経衰弱家のスーラやシニャック。事物を丸や三角や四角などの抽象的な図形に還元しながら観念的に再構築しようとするセザンヌ。事物を赤や緑や黄色の色彩素に還元しながら新たな事物を再構築しようと試みたモネ。そして、事物を完膚なきまでに解体しながら地上では存在しない宇宙的な事物を再創造しようと祈ったゴッホ……。

それら多種多様な画家たちのさまざまな近代絵画への取り組みの一端をこの展覧会の貧しい展示によってもうかがい知ることができました。

以下は例によって例の如く言わでもがなの悪口雑言になりますが、「1890年オーヴェール、ゴッホ晩年」を特筆大書し、「エル・グレコ、レンブラント、ミレー、ドガ、セザンヌ、モネ、ルノワール、ピカソなど、ボストン美術館名画80点の競演」という惹句で大量の顧客動員を図った本展の内容は、本家ボストンの宝の山に比べたらほんの九牛の一毛に過ぎず、確かに上述の画家の作品はあちらこちらにちらほら並べられているものの、超目玉ゴッホも、セザンヌも、ピカソもたったの一点。モネの11点はさすがに見ごたえがあったものの、あとはミレーやコロー、ドガなどを散発5安打くらい打ちっぱなしただけの初夏なのに超寒いコレクションです。

肖像画、宗教画、オランダの室内画、日常画、風景画、静物画などと、いちおう8つのミニコ−ナーに区分した展示方法もきわめてぞんざいなやっつけ仕事で、たぶんここにはプロのキューレーターなど一人もいないのでしょうが、こんな分類や会場構成なら素人でもやってのけるでしょう。

かてて加えて、その存在自体が東京の都市景観を大きく破壊しているこの醜悪なビル自体が大問題です。超高層にある会場に辿りつくのも、私のような田舎者や光輝老齢者にとっては一苦労。はじめての人は容易に近づきがたいヒマラヤの高地のようなところで偉そうに虚妄の店舗を開いているのですが、こういう貴重な藝術文化財を緊急避難させるためには最悪の環境とロケーション。顧客利便と安全管理のために美術展を低層階で開催するのは世界の常識です。

あまつさえ家電量販店の呼び込みのような美術に無縁な案内人の傲岸不遜な態度、300円も取られて返ってこないあほばかロッカーなどなど、いかにもこの新興成金デベロッパーにふさわしいいんちきでやくざまがいのやりくちが随所に見受けられて非常に不愉快な雨の月曜日でした。私が愛した江戸ゆかりの六本木の故地を壊滅させた彼奴らがボストン美術館展を開催するなんて10年早いのです。


♪東京の都市景観を毀損する六本木ヒルズを疾く建て替えるべし 茫洋