蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

写大ギャラリーで「高木こずえ写真展」をざっと眺めつつ


茫洋物見遊山記第33回

私がはじめて見た高木こずえの作品は、昔活躍した陰湿な歌うたいデュオ「ウインク」をもっと美人に、もっとカジュアルに、ぐんと若くした2人の少女の笑顔をツインセットにして並べたポスターでしたが、問答無用の明るく楽しい青春の表情の一瞬がさわやかに切り取られていました。

この人はきっと広告代理店か制作会社のカメラマンになって、いかにも当世風な和らぎの映像をつくっていくのかとたかをくくっていたら、とんでもない。一転して今回の宮崎県の口蹄疫騒動を先取りするような不安におびえる牛のおそれとおののきを突き付けたり、混迷のどん底にあえぐ現代人の魂に内視鏡を挿入した心霊写真を撮ってしまったり、一作ごとに視点を変え、手法を変えて試行錯誤を続けるそのありさまは、さながら文学における平野啓一郎の万華鏡戦略を写真で置き換えたようなアヴァンギャルドなアプローチのいきおいを感じさせて、まことに興味深いものがあります。

ふつうの作家や写真家は特定の文体やアングルを見出すとそれを墨守して揺るがないのですが、「第三五回木村伊兵衛賞」を受賞した彼女には、そういう予定調和の道をいさぎよしとせず、前人未到の表現の沃野ないし泥沼へ匍匐前進しようとする反逆的な精神がむんむんみなぎっているようなのです。

だから四〇点のカラーとモノクロもあんまり共通点がない。そのかわりに異様な緊張と不安、生のよろこびと死への衝動がないまぜになってせめぎ合っているカオスの奔流・逆流をまるでブブゼラの暗騒音のように感じます。さらにはスチールという静止的な要素と激しくアクティブに問題提起するアートとの汽水域における相互乗り入れを企てている不穏な気配もうかがえ、東京を捨て長野に帰る彼女のこれからにはとうぶん目が離せそうにありません。(8月1日まで東京工芸大学中野校で開催中)


♪高い木のこずえの上から下りてくる不思議で不気味なブブゼラの音よ 茫洋

ブブゼラの暗騒音のように不気味な不安が押し寄せる高木こずえの新境地 茫洋