蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

綿貫智人著「リストラなう!」を読んで


照る日曇る日 第370回

今年の3月上旬、出版準大手の光文社の早期退職募集に手を挙げた45歳の編集・宣伝・営業経験者たぬきち氏のリストラをめぐる実況中継記録です。

ブログで綴られた迫真の内部暴露的ドクメントが業界関係者のみならず全国の労働者諸君の関心をあつめ、6月1日の著者の退職とともに終了した連載がなんと最大手の新潮社から7月30日に出版されるという快挙?につながりました。

高給をはむわりには働きが悪くて甘く、基幹業務を下請けにマル投げしているととかく他業種から評判の悪いマスコミ業界ですが、著者たぬきち氏の内部情報が明るみに出されるにつれこのエリート出版社とその正社員に対するビジネスや社会認識に対する「ゆるさ」がするどく対象化され、たぬきち氏への妬みや嫉みも交えてブログへの書き込みは白熱化してゆきます。

しかし一方では雑誌・書籍・漫画マーケットの長期低落や電子書籍の台頭など、出版業界を巡る緊迫した情勢を前にして、このリストラはたんに一出版社の一社員の危機ではない、という真剣な問題意識が登場して、この一個人のブログがあたかもアテナイのアゴラのような風通しの良い公共空間に変化していくあたりが最大の読みどころといえるでしょう。

最後の最後で突然登場したたぬきち氏の父親のコメントもじつに感動的なもので、私たちはあるテーマをめぐって偶然ネットに集った赤の他人たちがいつのまにか公共的な友愛の絆のようなもので軽やかに結ばれていく新しいよろこびを体感することができるでしょう。

ウエブによって結ばれし新しき友情ここにあり 茫洋