蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

トマス・ピンチョン著「逆光上巻」を読んで


照る日曇る日 第384回


新潮社から全集が続々ではじめたからには手にとらずにはおられないピンチョン。

さきの「メイスン&ディクソン」はあまり感心しなかったが、こちらはまだ半分読んだだけだが仰ぎ見るK2のような、小説という名の一大巨峰。書きも書いたり862パージの難攻不落のでこぼこの山道を、こちとらは読むだけではあるが、あえぎあえぎ登っていけばはるかなる雲の谷間から次第次第に20世紀の幕が開いたばかりのアメリカが、ヨーロッパが、アジアが、そして現代に突入したばかりの全世界の文明の様相、人々の暮らしの断面が東方のあけぼの最中からああ堂々の姿を現してくる。

鉱山で暴発するダイナマイト、資本主義の興隆と激烈な労使の対決、暗殺される無政府主義者を尻目にアメリカ大陸、大西洋から太平洋、ベネチア上空を乱れ飛ぶ謎の水素飛行船<不都号>。砂漠の下を走破する地底船。暗躍するスパイと科学者と四元数主義者、サーカスと旅芸人と燃え盛る大恋愛。眼には眼を、歯には歯を。まもなくバルチック艦隊は撃滅されるだろう。

物語はより重層的な物語を孕みに孕んで怒涛のように下巻に突入する。これぞ小説の中の小説。すごいぞトマス・ピンチョン! それゆけピンチョンどこまでも!

千人の魔女連行し拷問したりガンビアのジャメ大統領 茫洋