蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

町田康著「人間小唄」を読んで

照る日曇る日 第402回


貧困は男根ですよと言い切るとき団塊オヤジきみの脚をみている

などという野放図な狂歌を軸にしてでたとこ勝負の法螺吹き噺が、それこそ疾風怒濤の勢いで、なおかつ鼻歌交じりに繰り広げられる、非常にノリのよいパンク小説である。

が、しかし、だからといってこの小説に構想やプロットがないというわけではない。冒頭の妙チクリンな「おうた」を送りつけられた書けない小説家、糾田両奴が、それを無断で引用し独自の解釈と鑑賞を施したエッセイを文壇誌に載せたところ、その狂歌を送りつけた張本人、蘇我臣傍安こと俺、が押しかけ、著作権の盗用だといきりたち、くだんの小説家を拉致して無理無体な難癖を付けまくる。

で、どういう難癖かというと、1)よい短歌を作る。2)ラーメンと餃子の人気店を作る。3)暗殺する、のいずれかを選んで実行すれば許してやる、というアバウトなもので、これが構想やプロットという名に値するかは、はななだ疑問であるが、物語は委細構わずどんどん進行していくのである。

さんざん苦悩した挙句、ついに小説家は

朝ぼらけだってよって嘲笑されて朗唱不能きみとペンネ食ったのも忘れてしまった

という、私など7度生まれ直しても詠めない大傑作!をものするのであるが、運悪く蘇我臣傍安のガールフレンドで白いワンピが良く似合う新未無の気に入らずに没になり、やむを得ず天下一のラーメン屋をめざす羽目になり、それからそれからとこの行く宛なしの与太話は延々と続いて行くのであるが、もはやあらすじなどはどうでもよい。

読者が堪能するべきは、その恐るべき教養に満ち満ちた、ユーモアとウイットみなぎる軽佻浮薄なパンクロック小唄の流麗な調べそのものである。


2匹の猫に見下ろされながら咳2つ 茫洋