蝶人戯画録

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フェリーニのわが「魂のジュリエッタ」をみて


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.77

 1964年製作の「魂のジュリエッタ」とはすなわちフェデリコ・フェリーニの愛妻ジュリエッタ・マシーナの魂について映画監督である夫が幻想と想像と創造と妄想を逞しくした映像による所産であろう。

仕事で多忙の夫に放置されている妻の内部には、当然のことながら夫の素行への疑惑やらおのれの精神の空虚さにたいする不安がどんどん亢進していく。映画はその空虚と不安を監督はじめての極彩色のカラーで面白おかしく、うれしかなしくホーヤレホと描き続けるのである。

ヒロインの夫が開くパーテーィに登場する人物もまたフェリーニ的な皮肉と諧謔で色濃く染め上げているのだが、とりわけ夫婦の隣人宅に集う正体不明の男女たちのゆがんだ群像がまことに興味深い。彼らは犯罪者というわけではないが、現世の普通の常識の範疇をはげしく踏み外しており、彼らの酒池肉林は一種のモダンなサバトの狂宴に似てくる。

フェリーニの映画が面白いのは、彼のキャメラの視点が、つねにこの正界から異界への踏み外しに向けられていたからだろう。軽妙な会話を交わすハイソサエティの人々の魂の内部に巣食う埒外の心象が、サーカスの役者や巨女や怪物や飛行船や巨船などの異形のものに託され、あらゆる制約を解き放たれた彼らは自在にスクリーンの天地をはね回ったのである。


    踊れ喜べ歌え魑魅魍魎の幸福な魂たちよ 茫洋