蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

山本薩夫監督の「荷車の歌」をみて


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.87

新宿の母」は占い師ですが、「ニッポンの母」といえばこの大河映画で主演している望月優子をおいて他にありません。

この日本を代表する大女優は、実家の縁を切られても、単身で夫、三国連太郎の元に飛び込んだ少女時代から、日清・日露と2つの大戦を経て、敗戦後の昭和にいたるまで、女だてらに1日10里の山道を荷車を曳いて貧しい暮らしをたててきた女性の生涯、帝国ニッポンの背骨を支え続けてきたある農村の女性像を、堂々と演じ切って大きな感動を呼び起こします。

なんせ1959年に山代巴の原作を依田義賢が脚色し、社会派の山本薩夫がメガフォンをとった農民ドラマですから、当節の軽佻浮薄な大河ドラマなどとは違って、大地に汗する貧農、流通業者、紡績労働者の痛苦にみちみちた労働の実態がこれでもか、これでもか、と活写されています。

そんな過酷な日常においても、けっして己を曲げないヒロインの土根性、子を思う優しさ、近隣の人々との友情などがくっきりと浮かび上がってきます。とくに妾、浦辺粂子を同居させた夫や長年にわたって嫁をいじめ続けた姑、岸輝子との激烈な戦いと、その最終的な和解のシーンなどは、ハンケチなしには眺められない大感動の出来上がりとなっており、懐かしき左幸子左時枝西村晃、奈良岡朋子など共演陣の巧みなバックアップとともに忘れ難い一作となっています。


ヤマガラとメジロとシジュウカラが一度に訪れし我が庭よ 茫洋