蝶人戯画録

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メトの「カルメン」新演出ビデオを視聴して


♪音楽千夜一夜 第191夜

2010年1月16日にNYのメトロポリタンオペラで上演されたビゼーの「カルメン」のライヴを視聴しました。

まず表題役のエリーナ・ガランチャの演技と歌唱が素晴らしい。2幕では盗族仲間と見事なダンスまで踊ってのけますが、舞台で棒立ちになったままの日本人も少しはツメの垢でも飲んでください。

そしてもはや押しも押されぬ実力派になったドンホセ役のロベルトー・アラーニャが力づよい歌唱を聴かせ、ファム・ファタールへの恋の怨念を最後まで貫き通します。

この2人の主役に第3の軸として堂々と張りあうのがバルバラ・フラットリのミカエラです。とかく「カルメン」ではこのドンホセの恋人役の存在がないがしろにされて三角関係のドラマツルギーに緊張が欠けるケースが見受けられるですが、演出のリチャード・エアはこの弱点をしっかりカバーしています。

開幕の3時間前に代役を命じられたニュージーランド出身の元会計士テディ・タフ・ローズもそつのないタフな歌唱を展開し、新人指揮者のゼニック・ネガ・セガーも若者らしい情熱的な劇伴で盛り上げ、終始高水準のパフォーマンスが繰り広げられていました。

もっとも大きな感銘を与えられたのは4幕最後の演出で、凶刃に倒れたカルメンの右手にドンホセが指輪をはめている舞台がぐるりと回ると、そこはなんと闘牛場。オペラはいままさにエスカミリヨが巨大な牛を仕留めた興奮と大歓声のなかで幕を閉じるのです。

少年少女合唱団の起用といい、このオペラの読み変えを迫る前代未聞の演出といい、リチャード・エア恐るべし。いつも音楽鑑賞を妨害するあほばか演出に不平たらたらのこの私も今回ばかりは完全に脱帽です。



どの指導者もこんなもんだよ俺たちのその薄っぺらさにちょうど見合って 茫洋