蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

ビリー・ワイルダー監督の「翼よ! あれが巴里の灯だ」を観て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.127

この1957年製作の米映画は初めて見た時も感動したが、久しぶりに再見してまたしても涙した。

1927年の5月にニューヨークのルーズベルト飛行場を単葉単発機で飛び立ったアメリカの朴訥な青年が、大西洋を横断しておよそ33時間後にパリ郊外のル・ブルジュ空港に着陸するという冒険ヒコーキ野郎の物語であるが、まず「セントルイス魂」号という飛行機の名前(映画の原題でもある)が素晴らしい。青年の野望を応援するセントルイスの実業家たちの心意気が見事にいい表わされている。

この「セントルイス魂」号を鉄パイプと木とキャンバスを使って突貫工事で製造する小さな飛行機工場のスタッフと佇まいがまた素晴らしく、フィラデルフイアから見送りに来ていた娘の手鏡を借りてガムでくっつけ、それを計器に利用するエピソードも心憎い。睡眠不足に悩まされるリンドバーグが、あやうく海面に激突しそうになるところを、太陽光線を反射して救うのはじつに彼女の手鏡なのである。

ようやく完成した愛機を駆って雨のルーズベルト飛行場を辛うじて離陸する箇所ではおもわず涙が出てしまう。なんとか海上に出てからも危機が続き、高空で機体が氷結してしまう箇所では思わずハラハラドキドキしてしまうが、ほとんど無手勝流航法のリンドバーグは、そのつどなんとかしのぎ切ってアイルランドを経て、シェルブール上空からセーム河を遡ってエッフェル塔を遠望するところでは、ましたしも感動で涙が出てしまう。
「翼よ! あれが巴里の灯だ」とは、なんと素晴らしい邦題であることか!

飛行中の回想シーンで主人公の人柄を鮮やかに浮き彫りにし、既に夜になったル・ブルジュ空港への決死の着陸で手に汗を握らせ、最後に主人公と傷だらけの「セントルイス魂」号を対面させ、「ル・ブルジュでは20万人が、帰国してからは200万人が彼を迎えた」というシンプルなナレーションで紙吹雪乱舞するブロードウエイの凱旋パレードをちらっと見せて、脱兎の如くフィルムを終えるビリー・ワイルダーのスマートでお洒落なこと!


なんやかやで私もニッポンも疲れ切っているよ 蝶人