蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

大林宣彦監督の「廃市」を見て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.148

昭和59年に日本のヴェネツアと称される水の街柳川で撮影された忘れ難い恋愛映画。福永武彦の原作を大林宣彦監督が心をこめて映画にしてくれました。

エドガー・アラン・ポーに関する卒論を書くためにこの地の古い旧家の旅館を訪れた大学生が、旅館の若い女性(小林聡美、名演)を通じてこの死んだように水と過去の追憶に沈み込んでいる運河の街とそこに生きる人々に魅せられてゆく。

全篇に流れる川の流れは、この風光明媚、山紫水明の地に棲む住人たちの精神に徐々に侵犯し、恐るべき諦念が色情と狂気を生むのだ。

明るくて快活なはずの娘が胸中深く秘めた恋心の行方はいずこへ? ラスト築築後柳河駅を出発する汽車に追走しながら尾美としのりがはじめて主人公にぶつける叫びが、観客の心をわしづかみにする。

日本3大映画美人の一人、入江たか子とその娘入江若葉の共演に拍手! 大林監督が作曲した弦楽の調べが、ことのほか人世の、青春の、男女の哀感を深く抉るようだ。


蝉どもは街から山山から谷へと日々退けり 蝶人