蝶人戯画録

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バレンボイム指揮スカラ座「ワルキューレ」を見て


♪音楽千夜一夜 第248回

東洋の一視聴者の声を聴き届けたのか、二〇一〇年一二月七日に上演されたワーグナーの「指輪」の第二作ですが、指揮者も出演者も圧倒的な名演を繰り広げています。

第一幕ではウオータンの双子の兄妹が敵役のフンディングが寝入った隙に愛し合い、ジークムンデ役のサイモン・オニールとジークリンデ役のワルトラウト・マイアが熱唱しますが、ここまでは序の口。

2幕のワルキューレたちの乱舞も楽しめますが、とりわけ感動的なのは第三幕のヴオータン(ヴィタリー・コワリョフ)と愛娘ブリュンヒルデ(ニナ・シュテンメ)の最後の別れの場でありまして、ここでのギー・カシアスの歌舞伎的な演出と親娘の演技とスカラ座の嗚咽するような劇伴は、涙なしには見ることも聴くこともできません。

さすがのワルトラウト・マイアにも声の衰えが隠せず、最上の配役とはいえなかったにもかかわらず、ワーグナーの楽劇の素晴らしさをとことん賞味することができました。これこそがミラノスカラ座の真骨頂というべきでしょう。(2010年12月7日収録)


電気消え信号が消え車消え星無き空に人語絶えたり 蝶人