蝶人戯画録

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英EMIの「カラヤン管弦楽全集1946-1984」を聴いて


♪音楽千夜一夜 第252回

これはヘルベルト・フォン・カラヤンが、英国のEMIに録音したすべての管弦楽曲を87枚のCDに収めたもの。戦後まもなくの1946年のウィーン・フィルとのモノラル録音「アイネ・クライネ」を皮切りに、名プロデューサー、ウオルター・レッグと組んだフィルハーモニア管弦楽団との録音、そしてフルトヴェングラーの跡を継いだベルリン・フィルとの数十年に及ぶ膨大な記録であるが、これがたった9570円で手に入るとは!

フィルハーモニア管弦楽団による最初のベートーヴェン全集などは後年のものに比べるとトスカニーニ流のコンブリオが感じられるが、肝心の音がウィーン・フィルに比べると粗削りで大いに流麗さに欠ける。フィルハーモニアとの代表曲は、ワルトトイフェルのスケーターズ・ワルツのようなチャーミングな小品集ではないだろうか。

長年にわたる練習台であったフィルハーモニア管を捨ててベルリン・フィルと組んだブラームスチャイコフスキーやリヒアルト・シュトラウス、そしてワーグナーの膨大な録音は、年を経るごとにレガートの度が強く、表情が陰影と官能に富み、音の味付けが濃厚になっていく。

カラヤンの後継者となったアバドやラトルがその余りにも強烈な臭さを捨てて蒸留水のように淡い味付けに走ったのもむべなるかな。しかして1984年の最後のEMI録音はムターのヴァイオリン独奏によるヴィヴァルディの「四季」であるが、これほどバロックと縁遠い解釈も少ないだろう。


ああいやらしカラヤンのレガートサーカス劇場でもそのえげつなさが忘れられなくて
 蝶人