蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

内田光子・ポストリッジの「詩人の恋」を視聴して

kawaiimuku2012-06-17



♪音楽千夜一夜 第266回


2011年のザルツブルク音楽祭内田光子がイアン・ポストリッジと組んだシューマンの「詩人の恋」を視聴しました。以前この2人の組み合わせによるシューベルトの「冬の旅」などを聴いたことがありますが、その神経衰弱を病んだかのような異様な演奏に辟易し、これがシューマンならいったいどうなるんかいなと懼れ慄いていたのですが、あにはからんやこいつが思いがけない驚異的な名演で、冒頭の「美しい5月」の序奏が始まった瞬間からこれがかのデイースカウをも超越する自分史上至高の名演奏になることが予感されました。

「ばらに百合に鳩に太陽」「恨みはしない」「あれはフルートとヴァイオリン」「僕は夢の中で泣いた」と続く名曲中の名演を、私は嗚咽しながら聴いていましたが、なんという悲愴な恋の歌をハイネは胸を掻き毟りながら書き、ロベルトは血を吐くように歌ったのでしょう!

酬いられぬ恋に生き、そして死んでいく若者の切ない震える魂の儚い非望と激烈な絶望を、ポストリッジはまるで悲劇の主人公になり代わったように、あるいはリルケその人に憑依したように歌い継いでいくのです。

そうしてみずからも歌いながらまるで神がかったような演奏を繰り広げる内田。これは同じコンビでも2度と果しえない奇跡的な名演のように感じられました。

こんな千に1度の体験ができるのだから、わたしはこれからも無数の駄演凡演の山を投げ捨てていくのでしょう。

恐るべし内田光子! 恐るべしポストリッジ 恐るべしハイネ&シューマン


青嵐吉田翁なき雪の下を歩みけり 蝶人


特報! またしても今朝の「日経歌壇」で短歌が採られました。今度は岡井隆大先生です。

「じゃあまた」と明るく別れを告げたけど吉田秀和『名曲のたのしみ』 蝶人