蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

新藤兼人監督の「裸の島」を見て

kawaiimuku2012-06-25



闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.262

急峻な細道を二つの水桶をぶら下げた天秤棒を担いで懸命に上り下りする夫婦。瀬戸内海の孤島で過酷な農作業を強いられる一家の日常をリアルに描き尽くした日本映画の傑作である。

全篇を通じてほとんどセリフがなく林光の簡素な音楽だけがこの白黒のドキュメンタリーな映像を彩って行く。ゆいいつ彼女が声を上げて泣く長男が急死したシーンですらノンモンの方が良かったと思わせるくらい、それは効果的だ。

されど、いかに映画とはいえ女の細腕で漁船を操り、一日に何度となく遠い村で汲み上げた水を見上げるような島のてっぺんまで運び上げ、植えたサツマイモや小麦の苗に与えるという作業はどれほど熾烈なものであったことか。

万難に耐えて映画製作に打ち込んだ乙羽信子新藤夫妻と殿山泰司、2人の子役も立派だが、その周囲で格闘するスタッフの全力投球が伝わって来る。貧乏プロダクションが歯を食いしばって冒頭とラストで投入したヘリ撮影も見事に決まっている。


偶の外出「私これでいい?」と訊ねる妻を可愛ゆしと思う 蝶人