蝶人戯画録

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ベス・ヘンリー作芦沢みどり訳「クライムス・オブ・ザ・ハート」公演を観て

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茫洋物見遊山記第122

 

友人の翻訳家、芦沢みどりさんの案内で久しぶりに演劇の「ナマ」を体験しました。演劇集団「円」の若手俳優、演出家たちによる自主公演「クライムス・オブ・ザ・ハート」です。

 

これは女性演劇作家ベス・ヘンリーの出世作で、1974年10月のアメリカ南部ミシシッピーを舞台にちょうど30歳の誕生日を迎えた長女レニー、27歳の次女メグ、24歳の三女ベイブのマグラス三姉妹が二日間にわたって繰り広げる疾風怒涛、波瀾万丈のしちゃかめっちゃか物語です。

 

「三人寄れば文殊の知恵」とか申しますが、とんでもない。チエーホフでも「かしまし娘」でも、姉妹が三人いるだけで悲劇と喜劇がないまぜになった人世ドラマが粛々と幕を開けることは、三人姉妹の一人と一緒になったわたくしには非常によく分かります。

 

しかし『魂の罪』と題されたこの作品で露呈されるのは、煉瓦工場で働きながら祖父の介護に滅私奉公せざるを得ない長女の鬱屈や、プロの歌手を目指してカルフォルニアで孤立無援の戦いを続ける超お節介屋の饒舌と強がりと孤独、町内の大物弁護士に嫁ぎながら十五歳の黒人の少年と情を通じ、夫のDⅤに耐えられずに発砲してしまい、愛猫と一緒に首吊り自殺した母親のあとを追ってガスレンジに首を突っ込む末女の絶望などなどです。

 

私たちは劇が進むにつれて、(狂乱の七〇年代という舞台とは無関係に)おのれの生をおのれらしく生きようとするときに私たちが発散する独善的なエゴイズムとそれと同じ数の有形無形の心身の傷跡について思いを致さないわけにはいかないのです。

 

やれやれ、近しき人間はそれゆえにお互いを傷つけずには生きていけないのか、と村上春樹選手にならってため息のひとつふたつも出そうになったところで、一時は悪罵炸裂修復不能近親憎悪精神異常悪魔女集団とも思われたこのマグラス三姉妹の上に、苦あれば楽ありとでもいうように、神様は優しい癒しの御手をそっと差し伸べられるのですが、それは見てのお楽しみ。

 

よく練られた脚本と最も適切な日本語への繊細な置き換えが新人熱演の舞台の転回を見事に支え、これは近来出色のバフォーマンスと申せましょう。

 

 

◎本公演は本14日と明15日(いずれも午後2時開演)の2回のみ。

5月24日から29日までニール・サイモン作「ビロクシー・ブルース」も始まりますよ!

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全国の学友諸君お元気ですかこの国は右翼だらけになりました 蝶人