蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

6月のうた「これでも詩かよ」第4弾 <背番号ゼロ>の人 

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ある晴れた日に第131回

 

久しぶりに紅葉坂を登って掃部公園を訪れたら、横浜能楽堂の裏門に放浪者が寝転んで2匹の猫に餌をやりながらワンカップ大関を飲んでいるのを、井伊掃部頭直弼の銅像が見下ろしていた。

 

1匹は白ネコ、もう1匹は黒猫だった。

黒猫のタンゴ、タンゴ。

まことに幸福そうな顔をしてなにやら演歌を口ずさんでいる男を見て、私は羨ましかった。

 

以前私の家の隣に自由が丘の花屋が住んでいて、毎晩遅く鎌倉まで帰って来るのに、翌朝早くにはまた車で出かけてしまう。

 

そんなある日のこと、鎌倉税務署長と名乗るいかにも尊大な男がやって来て、「隣の方はどういう生活をしているのでしゅか」と詰問するので、「そんなことは全然知らない。知りたければお前さんが夜中に玄関で見張っていろ」と突き放したが、署長は「は、花屋は市民税を払っておりましぇん。くぅえしからん!」と息巻いていた。

 

5年も10年も日本一バカ高い税金を踏み倒して、花を売り続ける男って素敵じゃないかと、そのとき私は思ったものだ。

 

話は違うが、この前の戦争のときに、私の祖父は寺社仏閣に頭を下げないふざけたクリスチャンであるというだけで牢屋にぶち込まれ、私のおじさんの一人は陸軍20連隊から脱走してあちこちの親戚を頼って日本全国を逃げまわったそうな。

 

最後にはとっつかまってしまったが、丹波・丹後の兵隊たち、特に福知山、舞鶴、伏見連隊の兵たちは南京の占領地のあちこちで銃剣を振りまわし、中国の兵隊のみならず女子供の非戦闘員までも虐殺していたから、おじさんはその先兵にならなくて良かったと私は思ったものだ。

 

さらに話は飛んでしまうが、古代からこの国には民草の所在を厳しく追究して租庸調を収めさせ徴兵しようとする権力者たちと、年貢や軍役、強制労働を嫌って村ごと逃散する農民や諸国一見の僧や「すたすた坊主」などもいて、支配・被支配の両者の見えざる攻防が現在も続いていると考えれば話が早くなるのだろう。

 

     夏山を裾をからげてすたすた坊主 蝶人

 

どんどん話が飛び去ってしまうが、聞けばさいきん「マイナンバー制」というと耳触りはよいがつまりは「国民総番号制」が国会で可決されたそうだ。

年金や収入や医療や保険やらのバラバラ情報が一元化され、便利になって結構ではないかという能天気阿もいるようだが、これによって国民の個人情報を国家が完全に掌握することになる。

 

世に国家ほど恐ろしいものはない。平和なときにはニコニコしながら収入の無いものからも税金をむしりとり、いったん急あれば私たちの自由や人権や財産を略奪し、悪魔のように地獄の3丁目に導いて血祭りに上げるだろう。

 

私も、紅葉坂の放浪者や自由が丘の花屋さんや諸国一見の僧や「すたすた坊主」にならって税金なぞ踏み倒し、できれば国境の南に見え隠れする<背番号ゼロ>の人となって姿を隠してしまいたいと思ったことであった。

 

じぇじぇと呟きながら今朝の夏 蝶人