蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

佐々木愛子歌集

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ある晴れた日に第228回

 

 

昨日は私の母愛子の命日でしたので、その冥福を祈るために生涯アマチュアの歌詠みであった彼女の全歌集をここに採録しておきたいと存じます。母の霊よ安かれ!

 

 

つたなくて うたにならねば みそひともじ

ただつづるのみ おもいのままに   

 

七十年 生きて気づけば 形なき

蓄えとして 言葉ありけり 

    

19954

いぬふぐり むれさく土手を たづね来ぬ

 小さく青き 星にあいたく

                   

19925

五月晴れ さみどり匂う 竹林を

ぬうように行く JR奈良線

 

なだらかに 丘に梅林 拡がりて

五月晴れの 奈良線をゆく

 

直哉邸すぎ 娘と共に

ささやきのこみちとう 春日野を行く

 

突然に バンビの親子に 出会いたり

こみちをぬけし 春日参道

 

          

19927

くちなしの 一輪ひらき かぐわしき

かをりただよう 梅雨の晴れ間に

 

梅雨空に くちなし一輪 ひらきそめ

家いっぱいに かおりみちをり

 

 

15,6年前の古いノートより

いずれも京都への山陰線の車中にて

 

色づける 田のあぜみちの まんじゅしゃげ

つらなりて咲く 炎のいろに

 

あかあかと 師走の陽あび 山里の

 小さき柿の 枝に残れる

 

山あひの 木々にかかれる 藤つるの

 短き花房 たわわに咲ける

 

谷あひに ひそと咲きたる 桐の花

 そのうすむらさきを このましと見る

 

うちつづく 雑草おごれる 休耕田

 背高き尾花 むらがりて咲く

 

刈り取りし 穂束つみし 縁先の

 日かげに白き 霜の残れる

 

PKO法案

あまたの血 流されて得し 平和なれば

 次の世代に つがれゆきたし

 

もじずりの 花がすんだら 刈るといふ

 娘のやさしさに ふれたるおもひ

 

うっすらと 空白む頃 小雀たち

 樫の木にむれ さえずりはじむ

 

19928

娘達帰る

子らを乗せ 坂のぼり行く 車の灯

 やがて消え行き ただ我一人

 

兼さん(昔の「てらこ」の番頭さん)の遺骨還りたる日近づく

かづかづの 想い出ひめし 秋海棠

 蕾色づく 頃となりたり

 

万葉植物園にて棉の実を求む

棉の花 葉につつまれて 今日咲きぬ

 待ち待ちいしが ゆかしく咲きぬ

 

いねがたき 夜はつづけど 夜の白み

 日毎におそく 秋も間近し

 

なかざりし くまぜみの声 しきりなり

 夏の終はりを つぐる如くに

 

わが庭の ほたるぶくろ 今さかり

 鎌倉に見し そのほたるぶくろ

 

花折ると 手かけし枝より 雨がえる

 我が手にうつり 驚かされぬる

 

なすすべも なければ胸の ふさがりて

 只祈るのみ 孫の不登校

 

199211

もみじ葉の 命のかぎり 赤々と

 秋の陽をうけ かがやきて散る

 

おさなき日 祖父と訪ひし 古き門

 想い出と共に こわされてゆく

 

老祖父と 共にくぐりし 古き門            

 想い出と共に こわされてゆく

 

199212

暮れやすき 師走の夕べ 家中(いえじゅう)

 あかりともして 心たらわん

 

築山の 千両の実の 色づきぬ

 種子より育てし ななとせを経て

 

手折らんと してはまよいぬ 千両の

 はじめてつけし あかき実なれば

 

師走月 ましろき綿に つつまれて

 ようやく棉の 実はじけそむ   「棉」は綿の木、「綿」は棉に咲く花

 

母の里 綿くり機をば 商いぬと

 聞けばなつかし 白き棉の実

 

19931月 病院にて

陽ささねど 四尾の峰は 姿見せ

 今日のひとひは 晴れとなるらし

 

由良川の 散歩帰りに 摘みてこし

 孫の手にせる いぬふぐりの花

 

みんなみの 窓辺の床に 横たわり

 ひねもす雲の かぎろいを見つ

 

七十年 過ごせし街の 拡がりを

 初めて北より ひた眺めをり

 

今ひとたび あたえられし 我が命

 無駄にはすまじと 思う比頃

 

19932

大雪の 降りたる朝なり 軒下に

 雀のさえずり 聞きてうれしも

 

次々と おとないくれし 子等の顔

 やがては涙の 中に浮かびぬ

 

くちなしの うつむき匂う そのさがを

 ゆかしと思ふ ともしと思ふ

                    「ともし」は面白いの意。

十両、千両、万両  花つける

 我庭にまた 億両植うるよ

 

命得て ふたたび迎ふる あらたまの

 年の始めを ことほぎまつる

 

おさな去り こころうつろに 夜も過ぎて

 くちなし匂う 朝を迎うる

 

炎天の 暑さ待たるる 長き梅雨

            

 

19939

弟と 思いしきみの 訃を知りぬ

 おとないくれし 日もまだあさきに

 

拡がれる しだの葉かげに ひそと咲く

 花を見つけぬ 紫つゆくさ

 

拡がれる しだの葉かげに 見出しぬ

 ひそやかに咲く むらさきつゆくさ

 

水ひきの花枯れ 虫の音もさみし

 ふじばかま咲き 秋深まりぬ

 

ニトロ持ち ポカリスエット コーヒーあめ

 袋につめて 彼岸まゐりに

 

久々に 野辺を歩めば 生き生きと

野菊の花が ()を迎うるよ

 

うめもどき たねまきてより いくとしか

 枝もたわわに 赤き実つけぬ

 

露地裏に 幼子の声 ひびきいて

 心はずむよ おとろうる身も

 

戸をくれば きんもくせいの ふと匂ふ

 目には見えねど 梢に咲けるか

 

秋たけて ほととぎす花 ひらきそめ

 もみじ散りしく 庭のかたえに

 

なき人を 惜しむように 秋時雨

 

村雨は 淋しきものよ 身にしみて

 秋の草花 色もすがれぬ

 

実らねど  なんてんの葉も  あかろみて

 

病みし身も 次第にいえて 友とゆく

 秋の丹波路 楽しかりけり

 

山かひに まだ刈りとらぬ 田もありて

 きびしき秋の みのりを思ふ

 

いのちみち 着物の山に つつまれし

まさ子の君は 生き生きとして      雅子さんご成婚か、不詳

 

カレンダー 最後のページに なりしとき

 いよよますます かなしかりける

 

虫の音も たえだえとなり もみじばも

 色あせはてて 庭にちりしく

 

深き朝霧の中、1127日 長男立ち寄る

ふりかえり 手をふる車 遠ざかり

 やがては深く 霧がつつみぬ

            

19944

散りばめる 星のごとくに 若草の

 野辺に咲きたる いぬふぐりの花

 

この春の 最後の桜に 会いたくて

 上野の坂を のぼり行くなり

 

春あらし 過ぎてかた木の 一せいに

 きほい立つごと 芽ふきいでたり

 

19945

浄瑠璃寺に このましと見し 十二ひとえ

 今坪庭に 花さかりなり

 

うす暗き 浄瑠璃寺の かたすみに

 ひそと咲きたる じゅうにひとえ

 

あらし去り 葉桜となる 藤山を

 惜しみつつ眺む 街の広場に

 

級会(クラスかい) 不参加ときめて こぞをちとしの

 アルバムくりぬ 友の顔かほ        「をちとし」は一昨年の意

 

萌えいづる 小さきいのち いとほしく

 同じ野草の 小鉢ふえゆく

 

藤山を めぐりて登る 桜道

 ふかきみどりに つつまれて消ゆ

 

登校を こばみしふたとせ ながかりき

 時も忘れぬ 今となりては

 

学校は とてもたのしと 生き生きと

 孫は語りぬ はずむ声にて

 

円高の百円を切ると ニュース流る

 白秋の詩をよむ 深夜便にて      「深夜便」はNHKラジオ番組

 

水無月祭

老ゆるとは かくなるものか みなつきの

 はじける花火 床に聞くのみ       「水無月祭」は郷里の夏祭り  

 

もゆる夏 つづけどゆうべ 吹く風に

 小さき秋の 気配感じぬ

 

打ちつづく 炎暑に耐えて 秋海棠

 背低きままに つぼみつけたり

 

衛星も はた関空も かかわりなし

 狂える夏を 如何に過すや         

 

草花の たね取り終えて 我が庭は

 冬の気配 色濃くなりぬ

 

19954

いぬふぐり むれさく土手を たづね来ぬ

 小さく青き 星にあいたく

 

 

 

なにゆえに私は歌をうたうのか愛する天使を讃えるために 蝶人