蝶人戯画録

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「丸谷才一全集第2巻」を読んで

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照る日曇る日第712回

 

さきの大戦に徴兵拒否をして全国を逃亡していた主人公の半生を描いた「笹まくら」はこの作家の代表作のひとつだろう。

 

頼まれもしないのに大日本国帝国が亜細亜諸国に武装侵略をして、無辜の民の生命や財産や自由を毀損し、簒奪し尽くした大義なき戦争であったから、これに最初から加担しなかった主人公は先見の明を持ち、或る意味では生命を賭して英雄的行為を敢行した人物として称揚されてしかるべきだろう。

 

ところが戦後20年を閲するうちに、なぜか時代と人心の風向きが変わり、主人公が三界に身の置きどころをなくしていく日本社会の奇妙奇天烈な窯変を、この小説は鮮やかに浮き彫りにしてゆく。

 

いかに誤った不徳義な戦争にせよ、国家がそれを遂行すると決めた以上、それに逆らう人間は体制に順応できない異端分子であり、敗戦後もその隠微な村八分が続いていくのである。

 

「国家に対し、体制に対し、いちど反抗した者は最後までその反抗をつづけるしかない。いつまでも、いつまでも危険な旅の旅人であるしかない」と主人公が呟いてこの恐ろしい「近未来小説」は幕を閉じるのであるが、いままた凶暴さをむき出しにして私たちを戦場に向かわせようとしている国家権力に対峙できるのは、この孤立無縁の主人公がそれでもなお個人の自由を求めて立ち上がろうとする「悲しい心の高揚」だけなのかもしれない。

 

なお本巻にはそのほか「彼方へ」「年の残り」「初旅」「だらだら坂」の各短編小説が収録されている。

 

 

なにゆえに自販機から姿を消した私の大好きな真っ赤な果実のファミリーナ 蝶人