蝶人戯画録

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金子兜太著「他界」を読んで

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照る日曇る日第756回

 

 

 俳句の大家、金子兜太翁もこの本のなかで、「他界」すなわち「異界」すなわち「来世」、すなわち「あの世」はあるという。

 

 おそらくそれは彼のトッラク島における凄絶な戦争体験からきているのだろうが、もしそれがほんとなら大変だ。

 

 この世の生物は肉体は失せても魂はみなあの世でしっかり実在していることになるから、私らが死んじまっても、とっくの昔に亡くなったはずの父母や祖父母や親戚や愛犬ムクやお富さんなんかとも、あちらのどこかで近接遭遇するという素晴らしい出会いが待ち構えていることになる。

 

 いまのところ私は神も仏も基督もモハメットの神にも依拠していない無信仰者だから、死ねば終り、空の空にてハイさようなら、ジ・エンドで結構な人なのだが、考えてみればかなり淋しい死生観の持ち主ということになる。

 

 なかにはその空虚と孤独に耐えられず、真の前にぶら下げられた縄にすがってあの世へスイングする人なんかもいるようだが、私なんかはさしずめ足首に縄目をつけないで谷底めがけてバンジージャンプするようなものだなあ。

 

 ワン、ツー、スリー、鬼が出るか

 ワン、ツー、スリー、天使が出るか、

 ワン、ツー、スリー、さあここで飛べ。

 

 バンジージャンプで地獄に着いて、待ち構えていた閻魔さまにわが来し方の罪状を洗いざらい告白させられて、ダンテの神曲の出てくるような身の毛のよだつような煉獄で生かさず殺さず永久に業火に焼かれるようなことなったら、どうしよう。

 

 どうやら、どうにもこうにも始末に負えない困った本を読んでしまったようだ。

 

 

  眼を瞑れば此岸から彼岸へ一っ跳び眼を見開けばこれまた此岸 蝶人