蝶人戯画録

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山本周五郎著「青べか物語」を読んで

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照る日曇る日第776回

 

 

 この作家の小説の多くは、時代物のフィクションである。

 

 それらを暇にまかせて読んでいると、もはや誰が主人公のどんな物語であってもハイドンの初期から中期の交響曲と同じような同一性と倦怠を感じるようになってくる。もちろんよく注意すれば微妙な差異が聞き取れるにしても。

 

 しかし本作は少し異なる。

 

 これは私小説ではないにしろ、著者が若き日の一時期、浦安の田舎で雌伏していた頃の実体験に基づいて書かれているために、どこか足に根が生えたようなリアルさがあるし、かてて加えて世界の神話の中の物語に潜んでいるようなある種の普遍性が感じられるのである。

 

 タイトルとなった「青べか」という青く塗られた和船、その「青べか」を主人公の作家に売りつける得体のしれない老漁師、どんな男にもYARASERU船宿「野口」の17歳の娘、「けけちけけち」と鳴き喚くヨシキリ、どこからみても最低の女お秀のいいなりになる駄目男の水夫、留さん、偽心中する栄子と岸がん、そして30年後にこの地を訪れた主人公と再会した長……。

 

 それは一時代前のドライフラワーのように、年代物のアルバムのように束ねられ、神話的な骨格を備えた老若男女の群像に他ならず、いずれも一読して終生忘れがたい印象、永遠の懐かしさを読者に与えるであろう。

 

 いずれにせよ新潮社の「長編小説全集」の悼尾を飾るにふさわしい代表作といえよう。

 

 

もし私が作詞家なら絶対に自分で作りたかった歌「とんびがくるりと輪を書いたホーイノホイ」 蝶人