蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

拝啓 安倍内閣総理大臣殿


教育基本法の国会審議等にてご多忙のところ、誠に恐縮でますが謹んで一筆啓上奉ります。
総理はご存知かどうか分かりませんが、最近世界で一番目か二番目に卑猥な古典音楽がわが神国ニッポンにて頻繁に上演され良識あるわが帝国のインテリゲンちゃんおよび婦女子の顰蹙を買っております。その音楽とは、かのリヒヤルト・シュトラウスのオペラ「薔薇の騎士」、とりわけその序曲冒頭の音楽であります。

物語の舞台はマリア・テレジア治下のウイーン。いきなり指揮棒が一旋すると、管楽器の不協和音が鳴らされ、と同時に、深紅のカーテンが左右にさっと開かれます。すると貴族の寝室のベッドに転がっているのは妖艶な元帥夫人と青年貴族オクタビアンではありませんか。

そしてこの二人があろうことか、いきなり公衆の面前で熱烈なラブシーン、いやいやそんな生易しいものではありませんぞ。な、なんとリアルな性交を繰り広げているのです。そしてリヒヤルト・シュトラウスの音楽は、その二人の性交を、まるで舌なめずりをするように、いやらしく、ねちねちと、正確無比に劇伴するんでありますよ。

(卑しくもわが日本帝国の権威をその愛嬌ある笑顔と意味不明の曖昧な言説で体現される総理に対して、こんな軽薄で露骨な言葉を安易に使っていいのか、不敬罪でニャロメの警官にすぐにもタイホされるのではないかと激しく惑うのですが)、高鳴るホルンの一撃は余りにも早すぎるペニスの勃起であり、次なる弦楽器の強奏は、成熟した年増女の「警告と教育的指導」であり、しばらく血沸き肉踊る猛烈な揉み合いが続いたあとで、全木管金管楽器が悲鳴を上げて咆哮するフォルテッシモは、若者のあまりにも性急で早すぎた射精であり、そこにすかさず分厚く覆いかぶさる弦楽器は、やむを得ず自分のエクスタシーを早めようとする元帥夫人の怒りを込めた焦りであり、やがてゆるやかに奏される序曲の終わりは、すなわちセックスの終わりとそれなりの性的満足の表明、なのですよ。

良い子の皆さん! いや安倍総理大臣閣下! こんな世にも猥褻でセックスむき出しの演芸を、馬鹿で低脳な他の国はともかく、神聖で高潔で比類なく美しいわが国の公衆の面前でオラ、オラ、オラと見せつけてよいのでしょうか?
 
今からでも遅くはありません。これ以上ジコチューで怠け者で惰弱で国民を大量生産しないためにも、天皇陛下のためにイランでもイラクでも南極でも月でも金星でもよろこんでじゃんじゃん死ねる汝忠良で愛国心に富んだ小国民を育成するためにも、とりあえず教育基本法の改正と防衛省昇格審議は後回しにして、大至急「薔薇の騎士」の公演禁止を今期の大政翼賛会にて即議決していただきたいのです。

以上、なにとぞ応援宜しくお願い致しますね。
                     アラアラかしこ。あまでうす拝。

*参考 R.シュトラウスの「バラの騎士」はカルロス・クラーバー指揮のウイーン国立歌劇場またはバイエルン歌劇場による演奏。同じくカラヤン指揮のウイーン国立歌劇場またはフィルハーモニア管演奏のできれば映像付の録音がおすすめです。