蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

「不都合な真実」の試写を見た。


史上最悪の大統領ブッシュに敗れた「一瞬だけの大統領」、アル・ゴアのスライド講演をほぼそのまま映画化したのがこの作品である。

過去60億年にわたって2酸化炭素の排出と気温の上昇がシンクロしてきたこと、最近その度合いが急速にエスカレートしてきたこと、その結果南極の棚氷をはじめ世界中の氷河が猛烈な勢いで溶け出していること、これを放置しておくと南極やグリーンランド島の氷の消失によってマンハッタン島のツインタワー跡地が水没する危険があること、海水温度の上昇によって地球全体の気候が異常を来たし、集中豪雨や台風や日照りや飢饉が頻発し、これらに起因する生態系の混乱によって各種の疾病が大流行し、人類滅亡の危機が目前に迫っていることを厖大な科学調査やデータ解析の結果を踏まえてゴア自身が熱弁を振るう。

はじめのうちは再度大統領選に打って出るためのゴアの政治的プロパガンダ映画かと思っていたが、けっしてそうではなく、彼が月並みだが決死の覚悟でこの地球環境問題と格闘していることがだんだん理解されてくる。

ゴアはすでに60年代の後半からロジャー・レヴェル教授の環境問題への警告に耳を傾け、70年代後半に初の議会公聴会を手がけるようになっていたが、ゴアの息子が交通事故で死にかけたこと、タバコ栽培に従事していたゴア一家の最愛の姉が喫煙が原因でガンで亡くなったことが、この問題に全身全霊で立ち向かう大きなバネになったようだ。

それだけに世界最大の温暖化ガス排出国である自国アメリカが、依然として京都議定書に署名せずこの「不都合な事実」から目をそむけようとしている不誠実さを怒りを込めて弾劾するのである。

しかしゴアはたんにこの否定的な現実を政治的に糾弾して、「わがこと終われり」とするのではない。環境問題は小手先の政治問題ではなく、地球上に生きるすべての人間のモラルの問題だと断じるのである。

皆さん、このまま人類は滅びてもいいのですか? 
この素晴らしい地球をなんとか無事に子孫に手渡そうではありませんか。
子どもたちは「地球を壊さないで」と両親にいいましょう。
人はとかく否定から絶望に走ってしまうがそれはよくない。
「祈るときには必ず行動しよう」というアフリカのことわざに学びましょう。
われわれの一人ひとりが3つのRをはじめ省エネやエコドライブや植樹をすれば必ず危機は救われます。
アメリカの独立戦争にも、ブルジョワ打倒のフランス革命にも、第2次大戦の反ファシズムの戦いにも、私たちは勝利してきたではありませんか。
さあ、すべての地球人よ地球救済運動にいますぐ立ち上がりましょう。
この映画を見て地球の危機について知り、お友達にも勧めましょう!

と、矢継ぎ早に語りつつ、ゴア流現状分析→問題点指摘→超具体的行動方針提起、にいたる怒涛のような1時間半が終る。

正義の熱血漢、環境宣教師、男1匹ゴアが行く―
いまどき世にも珍しい正攻法の環境問題直接行動宣伝映画である。

まるで古き良き時代のアメリカが突然帰ってきたような懐かしさを覚えた私だが、こういう強速球もブッシュ政権のアメリカには必要であろう。

けれどもアメリカは、ゴアの言うように一日も早く中国、インド、豪州などとともに京都議定書を批准し、地球市民共同戦線の輪に入って欲しいものである。

きくところによるとわが国の環境省が、ことしの冬はオフィスの暖房を全部止めるそうだが、じつに見上げた環境運動ではないか。
色々な意味で内部腐敗・溶解・崩壊が近づいてきたわが帝国であるが、こと環境問題にかんしてはまだまだブッシュ帝国なんかには負けていないと思う。そしてこのゴア氏の熱い要請を真摯に受け止めて、私たちに可能な新たな取り組みを始めようではありませんか。

それにしても私の謎は残る。

あのブッシュなんかより人間的にも政治的にも百層倍も立派なゴアを、どうしてアメリカ国民は大統領に選ばなかったのだろうか? 

あ、日本もそうか、トホホ。