蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

五木寛之の「仏教の旅」を読む


あなたと私のアホリズム その7


最近NHKがインドの衝撃という番組でその破竹の進撃ぶりを伝えていたが、不思議なことにこの国の最大の問題点であるカースト制度についてまったく触れていなかったのが印象に残った。

インドのカーストとは身分を分ける4つのヴァルナ(階級)のことで、最上級のバラモン(司祭、宗教指導者)にはじまり、クシャトリア(王、武士、貴族)、ヴァイシャ(農民、商人、実業家)、シュードラ(隷属民)の順に続く。

そして以上4つのヴァルナにも入れてもらえないのが不可触選民(アンタッチャブル)である。あの偉大な(マハトマ)ガンジーですら、口では博愛精神を唱えながら、実際にはヒンズー教とカーストを擁護していたが、さすがにお釈迦様は心がひろく、いかなる不可触選民もまったく差別しなかった。
たとえ相手が娼婦であれ、盗賊や殺人犯であれまったく平等にあつかった。

その偉大なブッダの最後の旅を現地を歩きながら五木寛之という作家が、独特の低音で語る。

その低い声音はテナーではなく、野太いバスで歌われる浪曲のようである。水の流れにたとえると春の小川ではなく、滔々と流れる冬のヴォルガの底流のようである。

もうけっして若くないこの作家は、虚飾を拝した散文で、とつとつと己の真情を語る。そのような言葉と精神で書かれた新作がこの本であった。

私は本書の最後に紹介されているインドに帰化した日本人仏教僧、佐々井師の壮烈な生き様に感銘を受けた。

師は不可触選民の出身にしてインド憲法の制定者でヒンズー教から仏教徒に転進したアンベードカル博士と同様に、「自利利他円満」を退け、「利他一利」を主張しているが、やはり本当の仏教は宮沢賢治と同様この境地まで達しないわけにはいかないのである。