蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

勝手に東京建築観光・第6回

夕中野坂上には、かの有名な中野長者の成願寺がある。

昔紀州熊野出身の鈴木九郎という男がいた。先祖はかの源義経の部下で奥州で討ち死にしたそうだが、その後裔である九郎は、いま東京タワーが建っている縄文時代の聖地芝に漂着し、葛飾の馬市で売った馬の代金を浅草の観音様に奉納したことからあれよあれよという間に大金持ちになり、いまも中野坂上に実在する成願寺に住んだので巷では「中野長者」と呼ばれる有名人になった。

 有名になっている間にもどんどんお金が儲かるので、九郎はその千両箱をアルバイトに頼んで、近所の東京工芸大の付近に毎晩のように埋めていたが、その秘密の場所を知られると困るので大判小判の運搬を手伝った者たちをひそかに闇に葬っていた。

 その悪行のせいだかどうだか分からないが、呪われた九郎の娘は醜い大蛇となり、ある雨の日に鎌倉の十二所ではなく西新宿の十二社の池に身を沈めてしまった。
父親の因果が子に報い、大蛇に変身した美しい娘は、まるでワーグナーの楽劇「指輪」の序夜「ラインの黄金」の冒頭に出てきて「ウララ、ウララ」と全裸で歌って踊る乙女のようだ。

 しかし中野長者の金融商業資本を水底深く守護し、遊治郎どもの性的好奇心を惹きつけ、東都一の遊興の地である歌舞伎町や角筈の伊勢丹、紀伊国屋、中村屋などの商業施設を定着させたのは、なんとこの中野乙女だったのである。

以上、中沢新一氏の解説でした。